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世界の貯金箱博物館 由緒
貯金箱には二千年を超える歴史があり、世相を映し出す「鏡」であることは、案外知られていません。貯金箱はそれらが作られた時代を色濃く反映しており、貯金箱を通して時代の変遷を知ることが出来ます。昭和40年の頃から貯蓄と人々の暮らしの関わりを示す貴重な資料として「貯金箱」にスポットをあて、収集してきました。その後、コレクションが増えるにつれ、生活・文化資料としてはもとより、美術品や骨董品としても鑑賞に値することがわかり、昭和59年、貯金箱約6,000個を創業時の本店である尼信記念館に展示し、「昔の貯金箱博物館」として公開しました。

中国2,100年前の「貯貝器」(前漢・青銅)
貯金箱のルーツというと、アジアでは中国の雲南省填王(てんおう)一族の墓から出土した「貯貝器」だろうと考えられています。これは、青銅製で円形筒型をしており、当時は「子安貝」をお金として使われていたので、貯貝器はつまりお金を貯める器と言えるでしょう。
ですから、今も財貨に関する漢字には「貝」と言う字がくっついているのです |

宝物寺院型テサウロス(紀元前300年頃・粘土・写真は複製)
紀元前7世紀頃に貨幣が生まれ、アテネやオリンピア遺跡からは紀元前300年頃の宝物寺院の形をした貯金箱が発見されています。これは粘土製で、テサウロス(Thesauros)とよばれ、やがてトレザー(Tresor 金庫)という言葉の語源になったといわれるものです。 |
その後国内外はじめ海外からの収集は勿論各方面からのご寄贈もあり
、コレクションも約8,000個、50数カ国に及ぶところとなったため、平成2年12月展示スペースを当金庫第二代本店(昭和5年建築)内に移転拡充し、「世界の貯金博物館」と改称して公開しました。収集点数は現在、世界60カ国10,000個となり、質量ともに日本唯一、世界でも最大級の貯金箱博物館です。

千両箱と恵比寿・江戸時代 |
せんべい壺(室町時代・伊賀焼)
日本では室町時代あたりに壺の形が使用目的に分けて作られるようになりました。その中の一つに、伊賀で焼かれた「せんべい壺」という深さ28pぐらいの壺があります。この壺は銭が入って出土するので「せんべい」とは「銭瓶(せんびょう)」の意味ではないかと思われます。とすると、これは、具体的に名付けられた貯金箱の祖先といえそうです。 |
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福助・明治時代・伏見
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