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| 母 | 「お前に会いたい、という人が見えたよ」 | |
| 娘 | 「どなたかしら」 | |
| 母 | 「上のお姉さんの友達で、やはりお父さんを早くになくして、寮で一緒だった人だよ」 | |
| 娘 | 「あー、分ってよ。そう、私に。どうしてかしら」 | |
| 母 | 「あんたがどんな人になっているか、見たいそうだよ」 | |
| 娘 | 「私なんか駄目よ。会う程の値打もないわ」 | |
| 母 | 「まあそう云わず、会える時には会っておくもんだ。あの時に会っておけばよかった、と思う時はあるもんだ」 | |
| 娘 | 「そうね、優しいいゝお姉さんだったわよね」 | |
| 母 | 「今でも優しいよ。優しさは自づと身につき、自分につきそうようにあるもんだ。いゝもんだね。言葉の優しさだけでもたいしたもんだが、あの人の優しさは、言葉じゃないね。身のこなし一つにも現れている。人への心遣いそのものにあるのだろう」 | |
| 娘 | 「聞いただけでも分りますよ。そういう人は、いつまでもこちらの心にも残るわ」 | |
| 母 | 「云った言葉は忘れるけどね。姿がいつまでも、ぼんやりとなったとしても残るね。映像を見ているようだ」 | |
| 娘 | 「私は無骨よ」 | |
| 母 | 「無骨じゃあるまい。でも波の上下がありすぎる。穏やかに寄せているかと思えば、突如打ちくだく波は高くと」 | |
| 娘 | 「そんなことはないわ。私は自分では波の少ない人間で、面白味に欠けていると思ってよ」 | |
| 母 | 「いやいや謙遜はいゝよ。お前の原動力はその波動にあると見ていたが」 | |
| 娘 | 「波と云えば、不思議でしょうがないの。波が何で起って、どうして陸へ陸へと寄せてくるのか。いくら教わっても不思議でしょうがないわ。波の満干も教わっても、頭の中で整理出来ないわ。電波でも一緒。今だに電話やラジオ、テレビの仕組みが分らない」 | |
| 母 | 「頭がついてゆけないと云うのは、おかしな事実だね。わたしもチンプンカンプンのことが多いね」 | |
| 娘 | 「その分野の発明、発見や学者の人に女の人はいるのかしら。当然いるわよね。自分が駄目だと女の人全般が、駄目だと思うのは、傲慢ですものね」 | |
| 母 | 「脳の出来、不出来はどうしようもない」 | |
| 娘 | 「親なのに、まるで自分のせいではないみたいね」 | |
| 母 | 「そりゃそうだ。すべてが与えられていて、自分に任せられている部分は僅かと違うかい。その僅かがまた大きく伸びる人と、僅か故に伸びない人もいるしね」 | |
| 娘 | 「時々、不公平に思ったりするわ」 | |
| 母 | 「同じ姉妹でもね、違いすぎることがあるからか」 | |
| 娘 | 「まあ云い出すと、お母さん、自分に還って来るからやめた方がいゝわよ」 | |
| 母 | 「結局親のせいか。親だってどんな子供が生まれてくるか分らないんだよ。誰か本当は全部知っている人がいるんだろうか」 | |
| 娘 | 「人間は植物や動物の品種改良のようなことは出来ないわ。しない処に人間に価値があると思うわ。もししたら、ものすごい、人間に対する冒涜よ」 | |
| 母 | 「道徳的には当然出来ないよ。けれど、医学の分野でしていると思わないかい」 | |
| 娘 | 「遺伝子操作のことね。恐い話だわ。病気に対して人間が弱くなってしまい、その為の治療なら、なんでも容認するようになってしまっているのよ。臓器移植もそうだわ。弱く悪い処はとりかえてでも、というように。分るわ。十分に分ってよ。でも真実の人間の姿としては、自分には分りません。神さまの分野と思ってよ」 | |
| 母 | 「頭のいゝ人は先づ脳ありきだからね。そしてそれが実現出来てしまう」 | |
| 娘 | 「私らは頭にも浮んで来ないけど、かりに浮んだとしても、波にプカプカ、そのおもいで漂うばかりよ」 | |
| 母 | 「おかしな表現だ。でも分るね。波に浮んでいるだけで、悲しげに漂っている姿は頭に浮ぶよ」 | |
| 娘 | 「私は脳と云わず、頭、頭と云った方が実感がともなうわ。何故かしら。想い出した、『頭をたゝいて噛んでみろ、ジンタクワンの味がする』と子供の頃、唄ったわ、あれなにかしら」 | |
| 母 | 「頭でなしに、禿げだろう。ジンタクワンでなくシンタクワンだろう」 | |
| 娘 | 「なんだか分らずに、唯、囃したてると云うのは、子供の子供たる由縁ね。でも大人になっても分らずじまいなんだから、これはどういうことになるのかしら」 | |
| 母 | 「なんの生長もないということだ。それに脳と云えば頭、頭という処が前世紀風で悲しいね。でも、もうわたしは脳とは云わず頭のせいにして十分だ」 | |
| 娘 | 「脳ではなく今や、左脳右脳だけでなく、間脳のせいだ。大脳皮質のせいだと、細分化されるわ」 | |
| 母 | 「全体として捉えず、部分の欠陥のせいにするのか。正しいような狡いような狡猾なことになったもんだ」 | |
| 娘 | 「悪い処は治療しましょう。取換えましょうの時代に入ってゆくわ」 | |
| 母 | 「おぞましいね。わたしらみたいな、唯頭がと云っていたら、馬鹿にされるね」 | |
| 娘 | 「大いに結構よ。頭の出来が違うのはどうしようもない現実ですからね。でも脳を使うのが人間と、限定されることには反対よ」 | |
| 母 | 「お前が反対してもどうしようもないだろうが」 | |
| 娘 | 「それでいゝの。たった一人の頭の悪い人間の反対と云われてもいゝの。確かに人間の脳の発達はすごいに違いないわ。でも、それがすべて、には絶対反対よ。そうではないと人間らしい優しさがなくなるわ」 | |
| 母 | 「人間の優しさは、脳のみから来るにあらずか」 | |
| 娘 | 「そう思うわ。動物の優しさと同根よ」 | |
| 母 | 「するとわたし等は、人間であろうとする以前に動物であろうとする種族に属する訳だ」 | |
| 娘 | 「お母さんもいつも云ってるじゃないの。人間である前に、動物であることを忘れては駄目だと」 | |
| 母 | 「そうだったかね。この頃はすぐ忘れる。自分の云ったことも、どうでもよく、すぐ忘れる。忘れるということは、人間の特権なのか、動物らしい自然さなのか、それも忘れて、唯々頭が波にプカプカ浮ぶでなく、沈むでなく」 | |
| 娘 | 「お母さん、弱気になったら駄目よ。気を強く持って」 | |
| 母 | 「なんだい急に改まって、お前の優しさは、そんな頭の使い方なのかね」 | |
| 娘 | 「私の頭のことはもういゝわ。どうしようもないことよ。唯、お母さん、本当に気弱にならず、元気でいてね」 | |
| 母 | 「もう一寸違う気遣いをしてほしいね。疲れたでしょう、お茶でも一服どうですか、とか甘いものを一口どうですかとか」 | |
| 娘 | 「そうね、その通りね」 | |
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2004 第5期 第14話 完 |
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