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| 母 | 「今朝は寒かったよ。夜明け頃からどんどん冷えてね」 | |
| 娘 | 「お母さん、大丈夫、風邪は引かないでね。風邪は恐いのよ、昔から万病の元と云うでしょう」 | |
| 母 | 「お前の方が昔人間みたいだね」 | |
| 娘 | 「私は昔でも生きていけてよ。今より楽に生きれるかも知れないわ」 | |
| 母 | 「おかしな人だ。進歩を必要としないのかい」 | |
| 娘 | 「そんなことはなくてよ。進歩と風俗、風習は別のものなの」 | |
| 母 | 「でもしきたりは苦手だろう。京都は特に昔からのしきたりをうるさく云うからね」 | |
| 娘 | 「たしかに、しきたりには弱いわ。とてもついてゆけない」 | |
| 母 | 「しきたりと云うのは特別なことではなく、慣習で、それに従った方が楽だと云うね。一度しっかり身についたらそんなものだろう」 | |
| 娘 | 「くり返しくり返しの中の修得だと思うわ。自分だけではなく、親もそうしていたと知れば、自づと抵抗もなく身についてゆくでしょうね。私の場合、お母さんがそういう慣習のない人だったから、私も自然と」 | |
| 母 | 「行事も、食事も貧弱だったね。すまないことだ。わたしはそうだったが、お前は違ってもよいのに」 | |
| 娘 | 「そうね。私にとって楽な方に自然と」 | |
| 母 | 「まあ、そんな処だろう」 | |
| 娘 | 「格式というのに弱いのよ。分っていても形式を宗とする格式は駄目なの」 | |
| 母 | 「すべての格式にかい」 | |
| 娘 | 「考えるとすべての格式に」 | |
| 母 | 「弱いのじゃなく、反発と違うかい。こうしなさい、こうでなければ駄目と云われると、もうする気がなくなるものだろう。自分の思うようにさせてと思うのだろう」 | |
| 娘 | 「その通りよ。おみとおしだわ。祈りでもこのように祈りなさいと云われたら、もう駄目、そんなことどうでもと思ってしまう」 | |
| 母 | 「お前はなんでも小さな、さゝやかなことが好きな癖に、反抗心だけは旺盛だ」 | |
| 娘 | 「そんなことはなくてよ。一つのスタイルを作るということが出来ないだけよ。もう諦めていることよ」 | |
| 母 | 「家というものが、毎日の生活の中心の舞台だけど、うちはお父さんは居ない、わたしは仂いている、家には男の子も居ないという家庭だったからね。でも家庭を持ったら、みな相手の家のスタイルがあろう。お前もそれに従わざるを得ないと違うかい」 | |
| 娘 | 「私の処はそれもないわ。内の人は七人兄弟で貧しかったし、それどころではなかったと思うわ。賑やかに唯、明るかっただけだと云っているわ」 | |
| 母 | 「それでいゝよ。他人に誇ったり、陰険になることはない。わたしはみな一人々々でいいと思うよ。群集が一糸乱れず行動するのは、おぞましいよ」 | |
| 娘 | 「内はその点に関しては、駄目家族よ。自慢ではなく、でも恥かしいとは思ってなくてよ」 | |
| 母 | 「でもね、育ちが分る、育ちがいゝというのはあるね」 | |
| 娘 | 「親の躾でしょう、私には駄目なことだったわ」 | |
| 母 | 「又々すまないこった。唯話として云っているだけだ」 | |
| 娘 | 「私は他人に対しての接触の仕方は、その人のよさが現れている時、とてもいゝ感じを持つのよ。いゝ親御さんに育てられたに違いないと」 | |
| 母 | 「親は駄目でも、自分で体得してゆく面も多かろう」 | |
| 娘 | 「反面教師」 | |
| 母 | 「いやな言葉だが、そんな処もあろう」 | |
| 娘 | 「私は若い時から、お母さんに反発しどうしだったわ。でもお母さんは好きよ」 | |
| 母 | 「わたしはお前が苦手だった。人前で平気でわたしの欠点をさらけ出す処があった」 | |
| 娘 | 「お母さんも執念深いわ、たった一回じゃないの」 | |
| 母 | 「いやなことは忘れるものじゃない」 | |
| 娘 | 「体にさわるわ、忘れて」 | |
| 母 | 「うまいことを云うね」 | |
| 娘 | 「生きてゆくには、いやなこともあるわ。でも私はこれでは自分に悪い、体にさわると思って、受け流ししようと思って、生きて来たわ」 | |
| 母 | 「生きる術は人によっていろいろだ」 | |
| 娘 | 「よく、分っちゃいるけど云々と云うわよね。あれ分るわ。唯その点では賢くないといけないと思ってよ。自制心の強い人には憧れるわ。頑張り屋とは又一寸違うのよね」 | |
| 母 | 「わたしは、自制心の強い人間じゃないね。唯々、頑張り屋だった。今更しょうがあるまい、もう九十三だ」 | |
| 娘 | 「まだまだ九十三とは違うの」 | |
| 母 | 「その元気が近頃なくなったね。以前は他人がお世辞に百歳までは大丈夫そうねと云うと、たった百歳かと思っていたけど、さすが疲れたよ」 | |
| 娘 | 「いやいやお母さん、たいしたものよ。立派だわ。病気をどこにも持ってないだけでもすごいことよ。どんな生活をしてきたかの結果でしょう。よく人は、病気知らずの人に、あなたは体が丈夫だからと云うけど、そうでなく、みな生活習慣から来ていると思うわ。すべての病気は生活習慣病よ」 | |
| 母 | 「わたしは唯、がむしゃらに生きただけだ。いゝも悪いもない。一つ一つ納得してやってきた訳でもない。唯なにかに恵まれていただけだ」 | |
| 娘 | 「そのなにかに恵まれていたというなにかが、一番大事なことなのでしょう。光よ。自分では絶対気がつかないけど、みなそれぞれの光を発して、生きていると思うわ。その光が大きなものに上手に呼応出来る時、目に見えないエネルギーが生まれるのよ」 | |
| 母 | 「大自然の大科学者みたいな云い方をするね」 | |
| 娘 | 「小さな植物でも、一枝一枝の葉から、光を発しているのよ。その小さな光が大きなも のに呼応できた時、恵みを受けられるのよ。聖書に、初めに光りあれ。その処に光あらわれたりとあるの。すごいと思うわ。すごい真理が何千年の前に、すでに記録されているのよ。生きとし生きるものは、すべて光に呼応して生きられるのよ。お母さんは、自分では全く自覚出来ないけど、光や電波を放ち続けて生きられ、その結果として病気一つ知らない体として、現在あるのよ」 | |
| 母 | 「難しく生きることはあるまい。あーそうそう、休みたいねとか、一服のお茶と甘いものが少々と、唯、おもうがまゝに生きてきただけだ。我無しゃらに生きては来たけど、あまり自分には逆らわずに来たね。そろそろ一服とはどうだろう。体全体が要求し始めたようだ。体全体だけじゃない、脳がしきりに」 | |
| 娘 | 「脳が……」 | |
| 母 | 「お前の口癖だよ。お母さん、脳は大事よ、ぼけないでと云っているだろう。その脳が要求しているんだよ」 | |
| 娘 | 「……」 | |
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2004 第5期 第13話 完 |
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