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| 娘 | 「紅葉が又始まるわ。紅葉が始まると、いよいよ冬がもうその後に足音も厳しく…と分っているのに紅葉を待ち望むものなのね」 | |
| 母 | 「昔から楽しんだものだろうね。自然の晴姿だからね」 | |
| 娘 | 「紅葉はその年その年によっても違うし、場所によっても違うし、世界の中でも日本の紅葉程、色に富み、変化のある紅葉はないらしいわ」 | |
| 母 | 「そうだろうね。目に焼きつくというのか心にのこるね。」 | |
| 娘 | 「私は一度だけ、山深い誰も居ない、上も下も全山紅葉の唯中に立ちすくんだことがあるの。周り中音も無く、静まりかえったようで、さまざまな色に覆いつくされて、自分がなくなってしまうような感覚になったことがあるの」 | |
| 母 | 「ほう、遠くから眺める景色とはまた違うんだ」 | |
| 娘 | 「そう、全く違う感覚だったわ。狂喜とまではゆかなくとも、自分が紅葉の中に消えてゆくような、一寸胸をしめつけられるような気がしたの。春の新芽の、もうわくわくするたまらない気持とは全くちがったわ」 | |
| 母 | 「面白い体験だね。そんなものなんだ。人は自然を、特に日本人は非常に身近な親しいものゝように受けとめるけど、本当は厳しい面もあるんだ。でもそりゃ、当り前の姿なんだろうね」 | |
| 娘 | 「地理的にも、現象的にも恵まれて、優しい自然ととらえているのは、果たしていゝのかどうか、それは分りませんけど、やはり四季折々身近にというのは、やはり恵まれて、素直に喜んで受けとめていてよ」 | |
| 母 | 「冬の厳寒の大自然や、見たこともないので分らんが、大自然のいろいろな面での、人間を寄せつけない厳しさを実感するのもいゝけど、わたしゃもう身近に親しい自然だけで、もういゝよ」 | |
| 娘 | 「そうね、唯知っておくというのは、私にとって大事なので、もっともっと大自然の厳格な姿は知りたいわ。砂漠を一度見てみたい、写真だけで見ると唯光景として美しいと思うだけだけど、一瞬にして変る風紋の直中にいて、砂嵐に巻きこまれたら、生命そのものもないに等しく、翻弄されるというのはすごいわ」 | |
| 母 | 「自然の直中に立ち盡くして、生命そのものが無きに等しく、翻弄されるというのはわたしには実感としては分らないが、それが地球の一面でもあるわけか」 | |
| 娘 | 「そうなのよ、私が一山というか全山紅葉の起伏の直中に佇んだ時、自分の生命の感覚を、もっともっと数倍、数十倍した厳しさをおもうと、やはりこわくなるわ」 | |
| 母 | 「本当に人間なんか、大自然に立ち向っても歯がたゝないということか、歯どころか歯なしにならないということか」 | |
| 娘 | 「お母さん、洒落なの」 | |
| 母 | 「いやいや屁理屈だ」 | |
| 娘 | 「お母さん、私は知らなかったけど、雨の呼び名は数え切れない程あるわよね。世界の言語の中で日本が一番多いと思って、さすがと思ったのね。そしたら、雨の呼び名の一番多いのは朝鮮語なんですって」 | |
| 母 | 「ほうそれは知らなかった。わたし等は朝鮮で生活していたのに、情けないね。全く覚えもしなかった。他人の国に入って、自分の国の文化を持ち込んで、威張っていたなんて、今考えると愚かだったんだ」 | |
| 娘 | 「その国が好きでその国に行ったのなら、その国のよさの中で、身にしみて生活したいわ」 | |
| 母 | 「わたし等はあの時代、好きでいた訳じゃない。国の政策にのせられて、威張って生活してたんだ」 | |
| 娘 | 「私は赤ン坊で、こちらに帰って来てしまったので、なんにも覚えてないわ。でももし成人しても居たとしたら、朝鮮のいろいろなものに親しんで、染まったに違いないとおもえてよ」 | |
| 母 | 「あーお前なら、そうかも知れないね。お前なら自然と染まりそうだ」 | |
| 娘 | 「私はそう思った時、正直嬉しかったのよ。不安な関係だった時代のことは、勉強して知ってるだけだけど、自分が朝鮮の自然、風土、文化に自然と染まると思えたことは嬉しいわ」 | |
| 母 | 「そりゃそうだね。そういう人が行けば良かったんだ。唯々威張ることはなかった」 | |
| 娘 | 「浅川巧さん、お母さん知っていて」 | |
| 母 | 「浅川巧、聞いたことがないね」 | |
| 娘 | 「あの人が大好きな人なの。お母さんと同じように朝鮮に渡った人よ。植林の仕事でね。でも朝鮮の人が好きになって、風土も工芸もすっかり自分の身にしみて、その時代の人々の中に自然と身を置いて、生活していたそうよ。日本の警察の人にも、朝鮮人と思わせて、平然としていたの。あの時代、できることではなくてよ。日本人は日本人らしく一線を引いて威張っていた筈ですもの。溶けこんで澄ましている人なんかいなかったと思うわ。李朝の工芸に完全に魅せられて、その工芸を生み出した人々に真に魅せられての日々の生活、これが本物だと云っていたわ」 | |
| 母 | 「わたしの知っている中でも、ごくごく少数は朝鮮が気に入って、溶けこんでいる人はいるには居たよ。実に人様々だね」 | |
| 娘 | 「秋の感じ方も人様々なんでしょうね」 | |
| 母 | 「そこに帰るか。わたしは広島の人間だ。紅葉と云えばもみじ饅頭だ。ねぇそうだろう、もみじ饅頭が懐しいね」 | |
| 娘 | 「ほかにはなくて」 | |
| 母 | 「秋にふさわしいと云えば、それしか浮ばない。われながら貧弱だ。でももみじへの食欲は旺盛だ。こゝでもみじ饅頭と云っても無理な話だ」 | |
| 娘 | 「本当においしいの」 | |
| 母 | 「名物にうまいものなしと云うよ。味の方は絶品とは言い難い。問題は味じゃない。脳にしみついて離れない記憶だ。それがじんわりと、攻めたてゝくる。懐しいと思うと無性に懐しくなる、そんなもんだ。それだけのもんだ。ねぇ、こんなところで一服はどうだろう。実におさまりがいゝ」 | |
| 娘 | 「・・・・・」 | |
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2004 第5期 第12話 完 |
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