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| 娘 | 「随分涼しくなって来たわ。お母さんは、四季のいつが好きなの」 | |
| 母 | 「わたしは丈夫に出来ているくせに、夏の暑さと、冬の寒さは駄目だね。不快になってくる」 | |
| 娘 | 「不快とはきついのね。仕事が昼日中、外を歩く仕事だったですものね。時には当もなく」 | |
| 母 | イメージ拡大表示411×600(78Kb)
「当もなくはないだろう。そんな悲しい仕事じゃない。唯、保険のセールスが出来たら、外のどんな仕事でも出来ると、上司にはよく云われたね。わたしは個人より会社契約の仕事の方が多かったので、それに会社に行けば、上の人に可愛がられてね。その点は恵まれすぎた位だ」 |
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| 娘 | 「敗戦で、朝鮮から引き上げて来て、それから保険の外交の仕事が始まり、七十七歳まで現役だったのですものね。唯々、頭が下がります」 | |
| 母 | 「お前ら三人が結婚してからは、誰の為でもない、自分の為に、自分が好きだからやっていただけだ。人を訪ね、人と話すのが好きだったね。結婚の仲をとりもったこともある。お前さんと違って、人に褒められると嬉しくなる性分だから、ついつい元気になり、 明るくなり、よく笑ったもんだ」 | |
| 娘 | 「無責任と思える程、笑っていたわ」 | |
| 母 | 「それはきつい御言葉だ」 | |
| 娘 | 「あ、ごめんなさい。悪い意味ではなくてよ。相手が困ったり、深刻の時でも、なんとかなりますよと、笑っていたでしょう。相手によっては、ついてゆけないと思ってよ」 | |
| 母 | 「それはあるね。でもなにごとも、なんとかなると思わなければ、やっていけないだろう」 | |
| 娘 | 「そうね。お母さんの場合、いろいろあってそういう人生観が、完全に身についたと思うわ。それを、過程を省略して、結果のなんとかなるだけを云われると、気の弱い人は駄目なのよ」 | |
| 母 | 「わたしは、お前と違って大雑把だ。大雑把の女性もいるもんだ。くよくよしたって始まらないと、すぐ思ってしまう。ケセラセラだ」 | |
| 娘 | 「口癖ね」 | |
| 母 | 「なんか不満そうだね」 | |
| 娘 | 「いや、羨ましいと思うわ。身内だから本当にそう思うだけよ。でも他人はどうかしら」 | |
| 母 | 「他人が自分をどう思うか。それは大事なことだよ。けど絶対じゃあるまい。自分が自分を納得してたらいゝんだよ」 | |
| 娘 | 「その通りだと思うわ。でも」 | |
| 母 | 「お前はでも、でも人生だね。すぐでもが出てくる。でもとデモは一緒かな」 | |
| 娘 | 「デモってデモンストレーションのデモのこと」 | |
| 母 | 「デモ行進のデモだ。わたしはこれしか知らない」 | |
| 娘 | 「私の助詞のでもも、デモ行進のデモとか一緒なの」 | |
| 母 | 「言葉の音が一緒なのは、感じとして、同じようなものがあるような気がして来るんだ。 違うことでも、いやいや似ているぞと思ってしまう」 | |
| 娘 | 「そんなものかしら、でもそうかも知れないわね。偶然の共通性が隠されているかも分らないわ」 | |
| 母 | 「まあまあ人はそれぞれで、又その仲でそれぞれのよさがあるもんだ。お前のよさと私のよさを比べる方がおかしいわけだ」 | |
| 娘 | 「お母さんはすべて陽よ、私は」 | |
| 母 | 「お前は陰ということか」 | |
| 娘 | 「陰の人は、お蕎麦が好きよ。お母さんはお蕎麦ではもの足りなく、おうどんね。それも太いおうどん。夏の暑い最中でも、太いおうどん」 | |
| 母 | 「そう云えばそうだね。聞いたり、見たりすると同じものがすぐ食べたくなるね。あれはどういう現象なのだ」 | |
| 娘 | 「学者の人に聞くと、それは脳のなんとかの部分のなんとか現象と云って、視覚、聴覚が、嗅覚を刺激して、その嗅覚が脳のなんとか部分を刺激して…ということになるのかしら」 | |
| 母 | 「すべての現象に、学術用語がちゃんとついている、というのはいかにも人間らしいね。 動物はそんな学名にはとんと無関係だ」 | |
| 娘 | 「学術用語がつくと分りやすいわ。私なんか、すぐ納得させられてしまうわ」 | |
| 母 | 「専門知識には弱いんだ。それは時に危ないよ」 | |
| 娘 | 「分っていてよ。へんに理詰めで納得させられることには、反抗したくなる時があってよ。私は理屈には弱い処があるから、理屈に反抗したくなるの。内の人が理屈が好きでしょう。あれには立ち向かいたいわ」 | |
| 母 | 「お前さんの家のことには、わたしはノータッチだ」 | |
| 娘 | 「それでいゝのよ。ともに歳もとってゆくのですもの。歳をとる…、お母さんのような歳のとり方をしたいわ」 | |
| 母 | 「わたしは寝たきりだ。寝たきり老人に憧れても、しょうがあるまい。わたしの歳でも、まだ現役で動いている人がいる。足元にも及ばないよ」 | |
| 娘 | 「一○○歳でも現役の人がいますものね。人の歳をとるという現象は、人によってどこで、何故いろいろとかわってしまうのかしら。そこのとこの確信を是非知りたいわ」 | |
| 母 | 「お前の好きな、脳のある一部分の現象で、それはなんとか現象の結果です、と云われそうだね」 | |
| 娘 | 「脳を自分の力でコントロール出来たら、可能という単純なものでもないわ。相手は脳よ。はかり知れない曲者よ。自分の脳でありながら、自分のもの、自分が掌握していると思った経験がないわ。脳の方が私を思いのまゝにあしらっているような、気もする位よ」 | |
| 母 | 「お前、面白いことを云うね。自分の脳であって、自分の脳とは思えない。これも又脳なしということになるのかね。どうも脳なしの話はやり切れないよ。まあ仮に脳なしでもいゝから、一服しようよ」 | |
| 娘 | 「一服したいという衝動も、脳のどこかが刺激を受けて、一服にしようと命令を出しているのよ。考えたらすべて、脳の思うまゝね。いやだわ」 | |
| 母 | 「いやでもしょうがあるまい。だから脳が死んだら、すべて終りだよ」 | |
| 娘 | 「体の部分がまだいきていても」 | |
| 母 | 「そりゃそうだ。生きていても自分じゃあるまい」 | |
| 娘 | 「自分の体のある一部分が確実に生きているのに、自分じゃないと云うのもおかしいわ」 | |
| 母 | 「これは大事な問題だが、わたしは余り深刻に考えるのは遠慮したい方だ」 | |
| 娘 | 「そうね。今ふっとよぎったことだけど、脳があっても脳なしで生きるということは、脳に支配されないで、自己が生きているということになるのかしら。そうしたら、脳なしは、大したことということになるわ。ねえお母さん、そうよね」 | |
| 母 | 「あまり脳を駆使することもあるまい。一服にしようよ」 | |
| 娘 | 「……」 | |
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2003 第5期 第7話 完 |
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