第 5 期 第 4話

今思えば、あるかなしかの うつゝの話

母と娘の対話 (二)其の三十四


「お母さん、秋の夜長はどうですか」
「寝たきりの老人には、一寸酷な質問だよ」
「そうかしら、そうだとしたら謝ります。でも空気はまさに秋になったわ」
「きのうの夜は、お前の云うように、ベットの上でも、しみじみと秋の気配を感じたよ。月明りが窓からさしてね、音もなく、一杯さしこんで、あーと思ったよ。勿論月は見えないよ。歩くことも出来ないからね。でも月の高さが分る気がして、高く高く皓々と輝いていることだろうと」 イメージ拡大表示 410×600(59Kb)
「きのうの月は、見事だったわ。昼間の太陽のすべてを輝き照らす明るさは、当然のようなかち誇った明るさよ。でも月の夜のすべてを照らす明るさは、夜の闇にふさわしい、静寂しきった明るさ。月の高さがとても印象的だったわ」
「夜の空を見上げられなくなったら、人間も動物としての先ずは、第一段階で失格だろうね」
「鄙巷の哀れ、こゝに極まれりよ」
「おやおや」
「本当は田舎であろうと、都会であろうと、自然の大きな営みに四六時中、浸っている訳でしょう。でも自分から目をとじ、耳をふさぎ、鼻をきかせずに暮らしていると思うわ」
「自然に鈍感になっているよ。そしていつの間にか無関心にね」
「私は自分を文化程度の低い生活者だと、自覚しているのよ。だから自然にはいろいろとたすけられるわ」
「自然にたすけられるとは」
「ほら、暑い暑いと思っていても、時には一陣のすゞしげな風も吹くわ」
「そういえば、お前の家にはクーラーはなかったね」
「そう、なくてもいゝのよ。文化程度の低い生活者だから」
「情けなく聞えるね」
「そうではなく、その方が好きだし、嬉しいのよ。私は頭がよくないでしょう。だから六感を仂かす以外にないのよ。文化の恩恵より、六感の恩恵に縋って生きているのよ」
「タダのものは貴いんだよ。空気、水、光みなタダだよ」
「そうなのよね。けれどそのタダのものは実は、本当は高価なものでしょう。人間への自然の恩沢として、タダになっているだけで、お金を出して得ようとしたら、それは大変な金額になると思うわ。だから本当はタダタダと思わず、高価なものとして、最大限大事にしないと駄目だと思うの。高い代償を払っても維持してゆかなくては、ならないものですよ」
「本当はその通りだよ。お前の話を聞いてわたしも考え直すことがあるかも知れない。タダタダと思って、おろそかにしていると、とんでもないことになるね」
「タダで受けて、当り前としていると大変なことになるということは、外にもあると思うわ。自然の恩沢はそうだと決めて、人間の傲慢さを反省しなければと思ってよ。例えば、木を伐る。自然にはえているものだから、伐って当り前、道が必要だから山を切り開いて当り前、川は川幅を広く遊ばせているのは勿体ないので、護岸で固めて狭くして、真直ぐにする。みな人間の傲慢さのなせることよ」
「お前は勉強しているんだ」
「自分では気がつかず、考えもしなかったことで、間違っていることは、人に教えて頂く以外にないですもの。神さまの教えの前に従順になれば、分ってくることはいろいろあってよ」
「日本は四季に恵まれているので、四季を五感でもって大事にしている処と、粗末にしている処と両方あるのかも知れないね」
「お母さんも私も、外国に行ったことがないわ。砂漠とか、岩山とか厳しい風土を経験してないわ。私は勝手に思っていることだけど、世界のあちこちに不毛の地があったりする。その反動というのか、バランスとして恵まれている処もある。すべて平均するとよくなると云うことがあると思うの。自然はどんな現象でも、濃い方から薄い方へ、薄い方から濃い方へと、平均して落ちつこうとする気がするわ。だから日本が恵まれていることは、他に恵まれてない処があるのだから、そこをもっと考えて云わないと、と思うの」
「なる程ね。元気で仂いている人がいるから、私はこうして寝ていられるということか」
「お母さん、急に話を分りやすく、現実に置きかえないで、お母さんを責めてなんかしてないわよ」
「わたしの幸せは、誰かの不幸の上に立っているかも知れず」
「おもいつめることはなくとも、心のどこかに、そういう意識は大事だと教わるわ」
「誰に教わる」
「神さまよ」
「やっぱり神さんか。お前さんにとってはやっぱりそうなんだ。わたしも一寸言葉を慎もうかね」
「お母さん、最後のほうはなんと云ったの、一寸聞きとれなかったけど」
「そろそろ疲れたね、と云ったんだ」
「ごめんなさい。そうね、いつの間にか部屋も暗くなって来ているわ。日がどんどん短くなるわ。目に見えるわ」
「………」
 
 

2003

第5期 第4話 完



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