第 5 期 第 3話

今思えば、あるかなしかの うつゝの話

母と娘の対話 (二)其の三十三


「お母さんはどうですか。私ね、自分がこんなに老けるとは思わなかったわ。完全にボケが始まっているみたい」
「おいおいしっかりして貰わないと、急になんだい。ボケが始まっているとは情けない話だ。第一自分が意識して、ボケが始まっているというのは、あまり信用は出来ないよ。 単なる不安がそう思わせる時もある」
「たしかに、不安の時はすべてがボケに結びついてゆくわ」
「あまり意識しない方がいゝよ。仮にだよ、駄目なものは駄目で自分の力の及ぶものではない。その時がはっきりする迄は、出来るだけ自然体で、自意識過剰にならないことだよ」 イメージ拡大表示 650×472(49Kb)
「避けられないものは避けられない。たしかだわ。自分が自分を把握出来ないのは、心もとない処だけど、自分としては精一杯、毎日を生きて、それでよし。あとはお任せしますという気持の方がよさそうね」
「そりゃそうだよ。あるものに身を任せながら、自分は自分の出来る範囲で、頑張ればそれで上出来だよ」
「一寸気が楽になったみたいだわ。ありがとう」
「お前に礼を云われることはない。人間誰でも先は見えないよ。だから無心で今を頑張ったら、それでよしと思わなきゃ」
「そうね。不安と平穏は背中合わせですものね」
「そうだよケセラセラだよ。一寸時代遅れかな」
「お母さんの口癖だったわね」
「そうでも云わないと、どうしようもない時があったからね」
「お母さんにもそういう時があったのね」
「お前、誰でも一緒だよ。特別恵まれているということは、そうそうないよ。たゞ自意識で、どこまでダメージを抑えられるかは、人様々だ。なにかあっても当り前とは覚悟は出来なくても、なにかあってもおかしくはない、不思議ではないと、思ってる方がいゝ よ、そしてすべて、人ごとと思わないことだ。明日は吾が身かなと思った方が自然の時もある」
「それは私もよくよく体験したわ。人ごとと遠くのことのように思っていても、はっと吾に返った時、自分が渦中の直中にいたということはあったわ」
「そうだろう。そういうもんだ。同じ時代に生き、同じ人間なんだ。同じような体験に陥ってもなんの不思議はない。明日はお前さんか、このベットの上かも知れないよ」
「脅しでなくそうよね」
「いやいや脅しだよ。そうなったらわたしが困る。気をたしかに持っておくれよ」
「若い私の方が諭されるわ」
「歳も関係あるまいが、まあ順序ということがあるからね」
「人間は感情の動物と云うわ。それなら感情を大事にというのは分っていても、ついつい疎かにしてしまうのね。感情という言葉が、薄く感じられるからかしら。理性というと高級に思えるのにね」
「言葉に弱いね」
「お前さんは馬鹿だと云われても、受け流すことは出来ても、お前の思考は浅薄だと云われたら、一寸むっとするわ」
「そうかね。関東の人間は馬鹿だ、馬鹿だとすぐ云うし、関西の人間はアホやアホやと云うね。どちらも同じなのかね、時々分らなくなる」
「慣れがあるわ。慣れの中で緩和されているのと違うかしら。そう云われたことのない人が、初めてアホ呼ばわりされたらショックだわ」
「そんな処だろうね。わたしは馬鹿の方が云いやすいよ。強くはない愛嬌も含めての云いまわしと思って、使っているけどね。アホは本当にアホと思われていやだね」
「アホは軽い響きがあるだけに、本当のアホと思ったらショックよ」
「アホ談義はやめようよ」
「本当だわ。アホらしくなりますものね」
「利口もあまり好きな言葉ではないが、慥(たし)かな理性をもって、思慮深くというのはどうだい」
「いゝわ」
「一寸格好よすぎるね。あまりいゝ言葉を羅列すると、信用が出来ない人のように思われるけど、あれはしょうがないね。自業自得と意地悪く思ってしまう」
「いゝことしか云わない人っていますよ。それと気の利いた云いまわしを好む人もいるわ。その通りだと思っても、あまりその気の利いた言葉が多すぎると、軽く感じられるようになるわ。言葉の遊びのように感じられてくるわ。短い言葉だから真実味があるけど、私なんか一生に一度云えたら、いゝと思うだけよ」
「面白いことを云うね。一生に一度気の利いたことを云いたいか」
「明日は吾が身と、風の中。いや穴の中の方がいゝかしら」
「益々おかしいね」
「私はさゝやかに生きて来たわ。これからも細やかでありたいわ」
「わたしも一緒だよ。ベットの上にいても一緒のおもいだ、細やかで十分だ。大きなものはいらない。さゝやかな一服、これぞ至福だ。ねぇお前そうだろう」
「分るわ、同感よ」
「同感だけでは駄目だよ。行為が伴わないとね」
「よく分ってよ」
「よしよし」
 
 

2003

第5期 第3話 完



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