第 5 期 第 2 話

今思えば、あるかなしかの うつゝの話

母と娘の対話 (二)其の三十二


「秋ね」
「なにをいゝ歳して感傷にふける」
「あら、へんかしら。幾つになっても秋は秋よ。春は春よ」
「四季に変りはないけれど、変るはおのればかり哉か」
「ほんとにそうね。人間って脆いわ」
「そう云うと、お前若いのにそんなことを云うもんじゃないよ、と云ってやりたくなる。自分の歳すら確固たる不動のものでなく、移りゆくんだね。時には老け、時には若くか」 イメージ拡大表示 650×472(52Kb)
「私だって、なにか分らないのにへんに浮き浮きする時もあってよ。今は秋、そうはいかないわ。やはりなにか沈んだ気持にさせられてよ」
「わたしは不動だ」
「そんなことないわ。お母さんは多感な人よ」
「いや、ベットから一人では動けないので不動や」
「あ、ごめんなさいね」
「いやいや皮肉だよ、冗談だよ。お前は真面目すぎておもしろくないね。でも誠実な人はいるもんだ」
「私も知っていてよ。誰も見てない処でも実に、誠実な人って奥ゆかしさが身についていますよね」
「そうだろうね。神さんはちゃんと見ているよ。いやいやこれはお前のセリフだ。わたしがお前のセリフを云ってどうする。わたしも耄碌したもんだ」
「真実は誰が云っても真実よ」
「受け応えまで誠実だね。お前の伴れは、ジョークが好きな人だね。わたしの処に来ても笑わせてばかりいる。誰にでも、笑わせてばかり居る。明るくていゝよ、それに比べると」
「人を比べることは、いゝことじゃありません」
「その通りです。モグモグ」
「あまり冗談ばかり云う人は、軽く思われてよ」
「いゝんだよ。心底軽薄な人と、そうでなく明るい人は、ちゃんと見る人が見たら分る。それでいゝんだよ」
「よく聞くわ。美しい美しいと云われ、いいよいいよと褒められて、そうなってゆくものだと、特に女の人は」
「私も聞くね。でもそれは一寸違うと云うか、そうして美しく見える人の何処かに、わたしはいやな側面を必ず見つけ出すね」
「まるで探偵みたいだわ」
「わたしの目はごまかされない、と云った処だが、それ程でなくても、内から美しくなるものと、外から美しく上塗りするものとは、違って当り前だろう」
「言葉の上ではその通りだわ」
「モデルさんが、美しさを意識して歩く、ポーズをとる。馬鹿じゃあるまいかと思えるね」
「いゝすぎよ」
「いゝんだよ。わたしはもう九十三だ」
「へんな居直りかただわ」
「いやいや九十三年生きて来た目は、節穴じゃないと、何故お前の方から云ってくれないのかね」
「……」
「わたしは瞬間に、人を見ようとする癖がある。決していゝこととは思ってないよ。でも職業病かな、いつの間にか身についてしまった。顔やプロポーションを誇る人がいるね。云ってやりたいよ。それは親から知らず知らずの内に貰ったもので、少くとも人さまに自慢するものじゃない。親から貰ったものでなく、自分が努力して美しくなかったものを美しくしたり、プロポーションの悪かったものを良くしたら、その努力には感心するね。でも親から偶々貰ったもので、自慢することはない。化粧の上塗りや香水のぬりたくりで、人を誤魔化すものじゃない」
「お母さんの怒りは、まだまだ若いわ」
「いやいや上べだけと云うのが、なにより嫌いなんだよ。世の中顔だけで、人を見たり、プロポーションだけで美しいと云う人が多すぎるのが浅薄だ」
「お母さんも私も、その点では安心して低く太いわ」
「わたしが駄目だから怒っているんじゃないよ。女の人の美しさは上べじゃない。立居振舞が、言葉づかいの端々とか、じつに香りがたゞようようなものから来るんだよ」
「立居振舞の香ぐわしさね」
「お前、そんな感傷的な顔になってどうする。あーそうか、やっぱり今は秋なんだ」
「……」
「秋はなんと云っても食欲の秋だね。そうだろう、お前そう思わないかい」
「お母さん流の催促ね」
「お互い腹の内は見え見えだね」
「それでいゝのよ。美しく見える顔でも、プロホーションでも、透けて見たら骨だらけだ、美しくもなんともないと云う人がいるわ。でもあれは見すぎね」
「いや、上べだけで見ることの嫌いな人の、せめてもの反抗だよ。人は表面だけを磨いても駄目だ。やはり内から内からだよ。おいしいものを見ているだけ、持っているじゃ駄目だ。やはり内に入れて、内から血となり肉とならなければね。ねぇお前」
「ハイハイ分りました。お母さん一服しましょう」
「やっと分ってくれたか。時間がかゝるね。お前さんの良い処は、その時間がかゝる処だ」
「……」
 
 

2003

第5期 第2話 完



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