第 4 期 第 8 話




都の陋巷から、過疎とおぼしき片田舎の裏山に窯を築き、移り住んだ時、周囲の者からはいろいろと云われました。

お前が居なくなったら寂しくなるが、お前自身が、一番寂しくなるのと違うのか。いくら作陶とは云え、刺激の少ない、いや全くないとおぼしき処に、はやひき籠ってどうする。まだまだお前には、学ぶべきものが、都会だからこそ、ある筈だ。美術館にも、画廊にも書店にも、恵まれない生活は、どうお前にプラスするんだ。寒さの厳しい処と聞いている。雪に埋もれたら、どうするんだ。当然、材料店はないだろう。土はどうする。薪の心配はないと思うが、第一、病院は近くにあるのか。
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あれから三年がたち、五年たち、今は十年を越えました。片田舎の周囲は、なんの変化もありません。
木々は大きくなりました。初めの頃は、成長の遅いのに、呆れる程でしたが、それは目のせいで、落着いてみると、その成長のたくましさと云うべきか、自然の恵みは、確実に大きくなっています。当の男の生長はどうなのか。変わりはないようです。不便さにも慣れ、もともと不便さを厭わない処がありますので、不便を楽しむとまではゆかなくとも、不便故の良さの中にいると云えます。仕事の腕は上ったのかと聞きたいのだが、それはどうでしょう、こんなものでしょう。不思議なものでこと美術に関しては、生長というものはあるようでなく、ないようであるものなのです。技術は確実にうまくなります。だからよい作品が生れるのか。これは別問題で、難しい処なのです。技術面は何処までも、必要条件を満たす程度で、これさえあれば大丈夫と云うものでは全くありません。必要なものは、初めからあるのです。本人に備わっているのです。そうでなければ駄目なのです。天分とまでは云いません。しかし本人が気がつかなくても、備わっているものがあり、それが伸びるか、開花するかが問題なのです。男にその天分は備わっていたのか、それは今、こゝでは二の次にしたいのです。男は今、生きて、今仂いているからです。仂くと云いましたが、男は仕事と云うより、仂くという響きの方が好きなのです。自分は労仂をしている労仂者なのだと思いたいのです。机に向って、又ロクロに向って、なにやらしている時でも、自分は労仂者であればと、思いながらのことなのですから。自他共に、お前は労仂者だと認めて上げたいのです。
小さな畑もあります。梅や栗や果樹もあります。鶏もいます。本当は豚も飼いたい、牛とは云いたくとも云いません。山羊程度なら是非飼いたい。馬もいて、近くのいや、多少遠くても、用はこの馬に乘って、こと済せたらどんなにいゝだろうと思っています。今は駄目です。貧しく、力はなく唯思っているだけです。
田舎の分校のような建物で、仕事をする。長い廊下があって、教室が並んでいる。一つ一つの部屋が、こゝはロクロをする部屋、こゝは絵付をする処、こゝは書や絵をする処、こゝは木工の部屋、間に図書室や食堂もあり、二階は染めや織りをする部屋が並んでいます。独りではないのです。仲間がいて、志しを同じくする仲間がいて、兄弟姉妹と呼べる仲間がいて、朝鮮半島や、中国、東南アジアと、日本が世話になった国々からの人達もいて、いずれ自国に帰って仕事を受け継ぐ者が、今は一つになって修業に励み、あーこの二階からは日がなコトコトと機を織る音が聞える。
畑も広くあって、水田も必要だ。お米は自分等で作らなくてどうする。何千年も続いている、こんなすばらしい仕事をしなくてどうする。みんなで田植えも、夏の陽のもとでの草とりも、そして秋のとり入れも、喜々としてしたい。すべて自発的な当番で、共同でする。大勢で食卓を囲む程、嬉しいものはない。炊事当番、風呂焚きの当番、自分の仕事の都合を見ながら、いろいろな仕事を、自分で決めて、勿論畑にも出て世話をする。夜は、一日の労仂を終えたあとの夜こそ、静かに静かにすごす。独りもよし、仲間と語りあかすもよし。音楽を楽しむ、楽器をこなせる者もいる筈だ。バッハやブクステフーデや時にヘンデル、ベートォヴェン、モーツァルトの音楽が流れ、われを忘れ……男はロクロを廻しながら、はっと自分にかえりました。土のついた手を、宙に浮かして、ぼんやりと窓ごしの畑を見ながら、特異のものおもいに落入っていました。またかと苦笑しました。男はもう老人なのです。
しかし、やりたいこと、しなくてはならない夢の現実に、よく落入ってゆくのです。男が事情あって、それこそ身のみ、妻と二人して、妻の家族以外、誰も知るものゝない京都に来て、すぐ長男が生れる時に、仕事を捜し、福祉の仕事につきたく、それも少年院のような少年と直に接する仕事がしたく、尋ね歩いて、少年院や教会関係の施設に問いましたが、果せず、それなら自分の好きな、やりたいと希っていた仕事をしながら、将来は必ず、焼物である以上、朝鮮半島や東南アジアの人々への、恩返しの気持ちも含めて、共同生活をしたいと思ったのです。
その時から、はや三十年を経て、今だにその実現の力はなく、おもいはおもいのまゝですが。
七十歳を越えたら、出来るかもしれないと。若者達が三、四年の共同生活を経て、それぞれの地に帰ってゆく。畑の仕事、小動物の世話、薪割り、窯作り、あれやこれやの大工仕事、いろいろな経験を経て、巣立ってゆく。自分の分野だけでなく、異種の仕事も、多少は経験して、竹、ガラス、紙、木、布と素材の違いはあっても、一つの心で結びあえる。老人は思います。つくづくと思います。自分が自分がということでなく、時は来るべきものは来ます。来ないものは来ないでしょう。

今、秋たけなわ、たわゝに実った稲穂の一面の黄金。あちこちに立ち登る煙が、低くたなびき、あと一刻もすれば、夕焼にすべてが茜色に染まるのです。
このありあまる天恵よ。

第4期 第8話 完


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