第 4 期 第 4 話
変人さん



『変人さん』それが、村人から呼ばれている名前です。ヘンジンさんは、一字違えば天人さんなのに。
変人さんは日がな一日なにをしているのか。いろいろなことをしています。それが又、変人さんの特徴で、村人があれでは駄目だ、一つに打ちこみ、一つを極めねばと云われる由縁なのです。しかし、よくよく見ると、あれでもない、これでもないという風ではなさそうです。これもよし、あれもよし、あーそんなこともしたいと、やりたいことばかりのようです。勿論なにをやっても、名が売れてる訳でなく、認められている訳でもなく、人から見れば中途半端な仕事で、やはりあれではという代表のようにしか見えません。人間、一つに打ちこむことの大切さを、教える為のよい教材となるのです。
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 そんな噂の変人さんは、朝が早いのです。夜明けの時が、なにより好きなのです。周囲が少しずつ見え始め、闇のヴェールがかゝっていたあらゆるものゝ姿が、刻々と現れ始め、近くの木々が見え、田畑が見え始め、山々の連なりが静かに現れる。点々とする民家には明りが残り、外燈がまだ、もやの中に静かにけぶり、鶏が鳴いている。よくよく耳を澄ますと、あちこちの鶏が呼応するように鳴き合っています。近くが鳴き遠く遠くかすかに又鳴いています。
変人さんは変人さんらしく、ニコニコしながらお好みの木の株に座しています。村人がそれも又、勿体ないと思うのです。朝早く起きているのなら、なにかをせいと云うのです。唯座してなんになる、と云うのです。たしかにその通りでしょう。でも変人さんはこの時だけは、体を動かしません。木の株に座して、静かにしかしキョトキョトと、心耳をそばたてゝいるのです。只管打座、そんな格好いゝものではありません。第一、一つの形にはまることなど、出来る人間ではありません。打座の姿はこうだと教えたとしても、きゝません。黙して正しい姿で座れば、見ずとも見え、聞かずとも聞こえ、あらゆるものが手にとるようにわかる。第一、その姿が美しいと云われても、
「そうだろう、そうだろう。その通りだと思う」と云うだけでしょう。人が見て美しい、そんなこと変人さんには要無しです。見られたいなど思ったこともありません。たゞ変人さんは変人さん流に、株の上に座してキョトキョト廻り中を見、遠くを見、上を見上げ、満足しきった顔をして、静かに時を刻み、上って来た陽の光を、鼻を上げ、手を広げて頬ばっているようです。
朝食は決ったものを僅かに食べ、そして小さな畑に出ます。同じ時期に、村人の作物は大きく育ち実もたわゝなのに、変人さんの作物はと云えば、比べたら貧相です。虫だらけです。
変人さんは、この痩せた畑の痩せた作物がいとおしく、それで満ち足りています。それでは駄目だ。同じ作るのなら品評会に出して優秀賞を貰え、と笑われますが、変人さんの方が嬉しそうに笑って
「駄目だ駄目だ、そんなこと夢にも思っていない」
「そうだろうな」それがおちです。
畑がすむと、今度は小さな仕事場に入って、ロクロをしたり、絵付をしたりと作陶の仕事です。これが本職かと思えば、変人さん自身「さあ」と首をかしげる筈です。これと云うものを持たない、一つにしぼることをしない、生き方なのでしょう。
焼き物の種類も、あらゆるものがあります。焼〆あり、灰被りあり、古伊万里のような絵付けあり、失敗しても決して割りませんので、あれやこれやをその上、その上からほどこしてゆくので、上絵ありガラス釉あり、果てはうるし塗りありで、一つを極めろ、一つに打ちこめと云いたくなる気持も、まんざら分らんことはないと思えてきます。
一寸打ちこんで疲れて来ると、今度は薪割りです。疲れて来ないと薪割りはしません。こゝで本当に疲れきっていつも運よく昼の十二時を知らせる村のオルゴールが流れ、救われるように昼食です。
質素なものです。調理は好きでも嫌いでもなく、それなりにおいしく食べればいゝので、今はやりのグルメなどまるで別世界の話です。お気に入りの使いやすい器に盛って、唯々嬉しそうに頬ばるだけです。
それから一寸横になったり、横になったかと思うと、余程気が短いのでしょう、すぐ起き出して、今度はもの書きです。例の如くあれやこれや唯書きたいものを、よく云えば自然と水が沸き出すように、書いているだけです。人に見せようとするものでもなく、勿論依頼を受けて書くものではなく、唯々思いのままに書いています。
疲れるのか、飽きるのか分りませんが、ほどよい処で、又外に出ます。おかしなことにやはり疲れた時は薪割りです。斧を打ちおろすのが、好きなのでしょう。気合いを入れて実に楽しそうに割っています。節だらけの、手ごわい奴を。あっちこち向きを考えて、斧を打ちおろしています。
暫くして気が納まったのか、汗をふきふき嬉しそうです。変人さんは、労仂者と呼ばれたいのです。そう呼ばれることが勲章なのです。今その労仂者を果たしたことに酔っているようです。
今度はと云えば、草とりです。好きな仕事はと云われたら、草とりと云いたい位、草むしりが好きです。しゃがみこんで、根からぬきとってゆく、この姿は自分だけではありません。村のおばあちゃんが座りこんで、なにをしているか、ちっとも動かないと思えば、草むしりか、と云うのが好きなのです。打座よりよっぽど美しい。草むしってなにになる、いかほどかと、そんなこと思ってもいません。好きな仕事、美しい姿、いや村人が見たら、貧相な蹲りですが、好きなことはやる以外にありません。暫くしてやはり飽きるのか、次のことがよぎるのか、立ち上がって何処に行くのかと思えば、やなり仕事場に入っていって、続きの作陶です。夕方、村のオルゴールが時を知らせ、それからもう一刻頑張って、 夕食です。残り物をあれこれ引張り出してきて、それはそれなりに品数もあり、豊かな夕食です。夜は仕事はしません。余程の時でない限り、仕事場には入りません。自分だけの自分の為の時間と決めて、音楽を聴き、本を読んで、難しい本の時は、すぐ睡くなりますので、睡くなったら、明りを消しあっと云うまの、深い眠りの時間に入っていきます。
村人の云う通りです。これではものになりますまい。しかし、変人さんの頭の中は、先程から、あきずに聴き、なにより大好きなブクステフーデの音楽が鳴り響き、なにやら満ち足りた寝顔です。
変人さんは変人さんであって、他の誰でもなく。
変人さんは変人さんの個の上に立って、生きざるを得ない。それが定めと決められているのです。
外を見れば、中天の月が晧々と静かに静かに厳として輝いています。

2002、11

第4期 第4話 完


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