第 4 期 第 3 話
村のはずれの芸術家



村のはずれの、もう空家になって久しい田舎家に、一人の芸術家がいました。
芸術家ですので、村人は一目は置いています。しかし、尊敬はしていません。尊敬すべきものはないのです。それは当然なのです。覗いてみると、作品という作品は塗りつぶされ、彫刻は顔だけだったり、手だけだったり、おぞましいと村人は、そっと離れます。時には、庭石の上に窮屈そうに、あれでも座禅のつもりか、蹲っています。又、一体なにを食べているのやら。
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 しかし子供達だけは、頻繁に出かけていって、大騒ぎをしているようです。なにをされても決して怒らず、感心するらしいのです。真面目な顔をして聞くのです。あまりにも真面目なので、子供達はついついつられて話して上げます。
「一体どうしたら君達のような、力強い絵がかけるのか教えてほしい」
子供が
「どんな筆の持ち方だ」と云います。
筆の出来るだけ上をもって、こうして腕を動かすと
「駄目だ、駄目だ、筆は握るのだ。ギュッと握って。違う違う、ワシ握みのように、タテに握って、腕ごと動かすのだ」
「そうかそうか。これなら、自分がかいているような気がしない。腕が勝手に動いている」
「ほら、そうだろう」と相方が感心しています。
子供は調子に乘って
「色が暗い」と一言です。
「どうしたらいゝのだろう」
「頬にえみを浮かべ、目は優しく、それだけだ」
「頬にえみを浮かべ、目は優しくすれば、色は出せるのだな」
「その通りだ」と子供は云うのです。そうか、自分はこれまで、これではない、これではない、自分の求めているものはこれではないと、かき続けるので、気持まで暗くなり、暗たんと画くので、いつの間にか、画面が暗く塗りつぶされていくだけなのだ。えみを浮かべてか
「わしに出来るかな」
「大丈夫、誰にだって出来る、簡単なことさ」
しかし、これは難しい。自分の問題ではなく、美の女神の問題だ。美の女神がわしの側に立ってくれたらと、一寸諦め顔です。
「なにをかいたらいゝのだ」
「かきたいものだけをかくのだ。かきたくないものをかいたらダメだ。かきたいものはなんでもかく、かきたくないものは絶対かいたらダメだ」
「あるものでも、ないものでもいゝのか」
「当り前だ。見えないものでも、かきたければかくのだ」
「あー分るような気がする」
「大きさなんか関係ないや。大人はすぐお前の絵はおかしい、太陽と子供の大きさが一緒だ、馬鹿な奴だと云う。そんなのどうでもいゝのさ。太陽が大きくかきたければ、家より大きくかいていゝのだ」
「その通りの気がする」
「大人は嘘つきだ。お前は嘘をついたら駄目だ。正直におもったことだけをかけばいゝのだ」
「その通りだ」
「分ったか」
こんな調子ですので、子供達は得意満面、こんないごこちのいゝ処はありません。その上なにをやっても怒られず、感心してくれるのです。作りかけの像を倒して割りました。子供はその時ばかりははっとしてちゞみました。芸術家は像をとり上げて、なんでこんな割り方が出来るのだろう。どうしたらトルソーの完璧が出来るのかと、迷っていた処だ。この割れ方こそ自然だ、美しいと、子供の手をとって喜びました。これには、ガキ大将も呆然とし、この人はお地蔵さんに似ていると思いました。実はこのガキ大将、お地蔵さんには、さんざん悪さをしているのです。きっと怒られる、たゝりがあると観念するのですが、怒られた試しがありません。
「お地蔵さんと一緒だ」子供がいゝました。
「お前、家にばかりいたら駄目だ、今度森につれていってやる」
外の子もあそこがいゝ、向うがいゝと、いろいろな場所を云いだすのです。そのいゝという場所のなんと多いことか。
「どんな処だ」
「いけば分るや。見たこともない大きな木があって、うなっているんだ。木の下に入ると、根っこが大蛇のようにはっている、こわいぞ」
「山々がいっぱい見える処もいゝぞ」
村のはずれの芸術家は、もう庭の小さな石の上に蹲る必要もないでしょう。
嬉しさが一寸、腹の底からこみ上げてくるような、身が軽く、子供達の歓声が耳元で、優しく鳴り響いているような気がしました。 力まず、しかし元気に
「よし」と自分に声をかけました。

2002、11

第4期 第3話 完


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