第 4 期 第 1 話
木戸の下の坊さま



から想えば、これは昔の話です。

とある田舎に小さなお寺がありました。
貧しそうなと云えるものです。藁ぶきの屋根に、真赤な色のトタンがかぶせられ、強く揺すれば倒れるような、門とは云えない木戸がありました。
イメージ拡大表示 (600×459(28Kb)

 坊さまはいつも、その木戸の下に立って居るのです。なんで立っているのかと云うと、村人の姿が見えるのを待って、合掌する為なのです。一寸小高い処にありますので、よくよく見えるのです。お互いがよく見えるのです。村人が合掌するのでなく、坊さまが手を合わせるのです。村人に対してです。
日がな一日少ない村人が、一体いかほど坊さまと顔を合わせるのか、それでも、坊さまは遠く見ても感心しきった風で、村人に手を合わせるのです。
「あれでは威厳はないわ」と村人は云います。
「わしらが手を合わせるなら分る。坊さまが先にわしらを合掌してどうする」と云い合います。
その通りなのかも知れません。
こんなこともあるのです。
村人が、坊さまの処に、野菜やいろいろの残りものを持って来ます。坊さまは何にでもに感心を示すのですが、カボチャを見た時、ビックリ仰天で、
「これはお前さまが作られたのか」と聞くのです。
「いや、わしは種を播いただけや」と云っても、
「こんな素晴らしいものを作るお前さまは、仏さまのようだ」と感心すること、しきりなのです。
「なにを冗談を、坊さま、カボチャは種さえ播けば、いや種を播かなくとも、去年の種が残っていれば、畑の何処にでも芽を出して、ツルは伸びるわ、葉は大きいわ、困り果てる位だ」と云いますと、
「いやこんな堂々と麗しく、立派で、まるで富士山の噴火口を見るような生命力の逞しいカボチャを作ったのは唯々、感嘆あるのみ」と云って、宝物のように抱きしめる。カボチャだけじゃない、茄子を持っていっても、
「この光沢、この丸み、この豊かさはどうだ。こんなものを作れるお前さまは、仏さまのようだ」と頭をたれるのです。こんな風ですから、お米は云うまでもありません。両手で包みこむように上げて、サラサラと落ちるお米をじっと見つめ、何度も、両の手の指から落ちるお米とともに、涙を流して感心するのです。
「このお米はお前さまが作られたか。すばらしいお米だ。こんなお米を作れるお前さまは、仏さまのようだ」
村人は、これでは話にならないと云うのです。話にならないと云えば、こんなことがありました。坊さまに困りはてた末に、相談にいくと、一生懸命に、身をよじらせて聞いて、その果てに
「困った、困った、お前さま一体どうしたらいゝのか、聞かせてほしい」と問うのです。
「相談に来たのはわしだが」と云うと、
「又それを聞いて、困り果てたのはわしなのだから、お前さまが先づ答えてくれないと困る」と云うのです。もう見るのも哀れになって来た村人が
「分った分った。坊さまを困らせたのはわしだ。わしが悪かった。あやまる、あやまるからもうそんなに困らんでくれ」と云うのです。すると坊さまは
「本当か、本当にもう困らんでいゝのか。ありがたい、ありがたい」と云って村人に手を合わせるのです。
村人は、坊さまは気が小さすぎると思っています。威厳のないのは、もう致し方ないとしても、わしらの上に立って、わしらを引っぱってくれないといけないと云います。坊さまと呼んでいますが、坊さま本人は
「頼むから坊ずと呼んでほしい」と懇願するのです。
「それではあまりに酷い、第一わしらの気持が納まらない」と云って、坊さまと呼んではいるのです。

秋の陽のつるべ落としは、空一杯にあかね色に染まり、刻々刻々と移りゆき沈んでゆきます。あちこちに登る焚火の煙が、おだやかにおだやかに、低く流れてゆきます。秋の最大の収穫を了えて、村人の足取りは重いのですが、自然の営みの一年を了えて、なにかほっとした安堵の姿に見えます。
このあとに厳しい冬の訪れが来るのです。田畑から立ちこめる煙は、たなびき一寸小高い小さなお寺の、木戸の下に立つ坊さまを、包みこんでいます。小さなお寺全体を茜色に染め、きょうばかしは、坊さまの両の頬が、遠目に見ても、茜色に御気嫌、麗しく見えます。

2002、9

第4期 第1話 完


第1話 第2話 第3話 第4話 第5話
第6話 第7話 第8話 第9話 第10話

第1期目次へ 第2期目次へ 第3期目次へ