|
| 娘 | 「あ、お母さん気がついた。起きないように静かにしていたつもりなのに」 | |
| 母 | 「その花は…」 | |
| 娘 | 「鷺草よ、静かで可憐でしょう。真白で白鷺にそっくりなので、その名があるの」 | イメージ拡大表示431×600(40Kb)![]() |
| 母 | 「わたしの人生は、花や鳥や虫に縁のない人生だった」 | |
| 娘 | 「多忙だったから、しょうがないわ」 | |
| 母 | 「町を歩いていて、花屋さんに出会うと百合などすぐ買うけどその程度だったね」 | |
| 娘 | 「百合はいゝわ。花によっては香りが高く、部屋において外から戻ると、その香りが部屋に満ちて、自づと気持ちがなごむわ」 | |
| 母 | 「花は人間の為にある訳ではないと思うが、そう思いたくなるね」 | |
| 娘 | 「神さまに聞いてみないと。でも密接な関係にあるようには創られている筈よ。虫の中には、この花だけの為にいるというのは、よくあるそうよ。花によってこの虫の為だけに花を咲かすわけ。勿論子孫をのこす為という本来の目的はあってもね。花と虫との関係の本を読むと、不思議な世界の探検に踏み入ったようで、この広い地上での、普段私たちの見えない処での営みが、よく分って頭がボーとなる程よ」 | |
| 母 | 「家には男の子がいなかったからね、小さい時からの生き物ぜめはなかった」 | |
| 娘 | 「ほら内の人は生き物好きでしょう。なんかしら、小さいものがいるわ。忘れられないことだけで、狭い部屋なのにね、畳一枚程の虫小屋を作ったの。子供の小さい時、その世話で大変なのにね。狭い部屋での畳一枚ぶんどった虫小屋よ、その中で、クサキリかカンタンだったか忘れたけど、もうもう鳴きどうしの虫がいたの。朝から晩まで。童謡にあるあんな悠長ではなくてよ」 | |
| 母 | 「お前さん、文句を云ったのかい」 | |
| 娘 | 「私は云わないわ。今初めて云っているだけよ、それもずっと以前の文句を。金魚もよく飼っていて、飼い方が上手なもんだから死なないのよ。真赤な金魚が鯉のように大きくなってしまって、これだけは近くのお寺の池に放さして貰いました」 | |
| 母 | 「男の子はなんで、あんなに生き物が好きなんだろう」 | |
| 娘 | 「分らないわ」 | |
| 母 | 「ワクワクするらしいね。なんでも飼いたがる、しかも可愛いゝと云ってね」 | |
| 娘 | 「子供の虫好きとは一寸隔たりがあると思うわ、似たような気もするけど。異質な処があるので」 | |
| 母 | 「わたしらには踏みこめない世界なんだろうね、話すことも貧弱だ」 | |
| 娘 | 「そうなのね、まあ致し方のないことよ。あー想い出した、一度だけものすごく、あの人を責めたことがあるわ。仕事場で、しかも独立したばかりの六畳のプレハブの中で、金魚やほかの魚を飼っていたの。鳥小屋もあって、キズついた山鳩や雀が何羽もいたわ。山鳩のポッポ、ポッポという鳴き声が、六畳のプレハブの中から聞えてくるのよ。ほっとするような、哀れなような気がしたわ。元気になって、すっかり落ち着いたようだけど、放してやったら、あっという間に山の方に消えたの。人間ってそういう時、へんにおもうのね、外に出してもすぐ飛んではいかない筈だ、別れがつらい筈だとか、お礼も一言云いたいだろうとか。全然違うわ、ものゝ見事あっという間に消えたわ」 | |
| 母 | 「それでいゝんだろう。責めたのはそのことかい」 | |
| 娘 | 「そうじゃなくて別のこと、金魚の方の話。ほら狭い狭い仕事場だから、壁面は物だらけよ、その下に水槽があったの。ある時仕事場に入ったら、仕事場は水だらけで魚は全滅。上からものが落ちて水槽を直撃して割れてしまったのね。その時責めたの。ものが落ちればどうなるか分るのに、そこに置いたことがどうしても無責任に思えて許せなかった。いゝかげんな人間に思えていろんなその時の状況も含めて、そのいゝかげんさが許せず責めたわ」 | |
| 母 | 「お前のことだ、強烈だった筈だ」 | |
| 娘 | 「頭に来たらしょうがないわ」 | |
| 母 | 「頭に来たか。そうそうついこの間来た人が面白い話を聞かせてくれたよ」 | |
| 娘 | 「金魚の事件はもうおしまいにするわ。その面白い話ってなんですか」 | |
| 母 | 「それがね、その人の意見だけど、人によって怒る時の表現が違うと云うのだ。人により又時代によって違う。何故だか、怒る時の表現は、体の部位をあてはめるんだね。昔の人程下位で、腹がたつ、そしてむかつく、頭に来る、キレルという順になるらしい。お前さんはさっき頭に来たと云ったね。わたしは頭に来たとは云ったことはないね。腹に来る方かな、だから腹をたてずに、腹に納めるということになるのかな。もっと昔の人は、肝にきた筈だよ。腸が煮え返る程だとか云うからね。だから肝に命じてと自分に誓うのだろう。今の若い人はむかつくむかつくと云っていたと思ったら、すぐ頭に来て、 それも頭のテッペンに来て、それ以上はないからキレてしまう。面白い話だ、いやおかしな、哀れな話なのかね」 | |
| 娘 | 「聞けば納得のゆく話だわ。落着いておもえば、私も腹がたつ、腹に納めるという年代だと思うわ。若者ぶって頭に来たとも云うけど、やっぱり腹の方の時代だと思います」 | |
| 母 | 「負け腹もあるしね。いや、お前さんは頭に来るかも知れないよ。なんせ不動明だろう。怒った時の顔が想像出来る」 | |
| 娘 | 「いや私はこの十数年怒ってなくてよ」 | |
| 母 | 「甘いものを食べすぎると、怒りやすくなるというのが、お前の自説だね。カルシュウム不足がいけないとね。わたしは甘いものが好きだけれど、お前さんにくらべると……」 | |
| 娘 | 「私は静かよ」 | |
| 母 | 「そうだ、静かにおいしいお茶を含みながら、甘いものはどうだろう、お前もって来ているんだろう」 | |
| 娘 | 「………」 | |
|
2002 第3期 第25話 完 |
||