第 3 期 第 24 話

今思えば、あるかなしかの うつゝの話
母と娘の対話 其の二四



「お母さん、どうですか、きょうは一日中雨ね」
「雨の音を聞いていると、なんか昔を生きているような気がするね」
「不思議な感覚ね。私は雨が好きだわ。昔を生きているという感覚はなくても、なぜか心は静まるの。雨と同じものが、自分の体の中にも降りそゝいでいる感じよ」 イメージ拡大表示771×550(77Kb)
「どしゃぶりの雨もかい」
「そう、どしゃぶりも好き。雷が鳴ったり、稲妻が走ると、同じものが自分の体の中で呼応し、一寸爽快な気分になるわ」
「変っているね。お前さんは女だよ。そんな気分になるもんなのかね。そう云えばお前の綽名は不動明さんなんだって」
「そんなこと、誰も知らない筈よ。誰に聞いたの」
「名づけの本人に聞いた」
「それしかないわ。あの人が云うのよ、君の怒りを押さえられるのは不動明だけだと」
「だってお前、この十数年は怒ったことがないと云っていた筈だが」
「そうよ、十数年以前の昔の話よ」
「まあいゝか。雨は憂うつになっていやだという人がいるのに、お前のように静かな気持ちになるというのもいる。人間いろいろだね」
「若い時、野良仕事の手伝いみたいなことをしていた時ね、陽が沈み、余韻をのこすように、明るさが段々暗みに移るわよね。あの時刻が一番好きだったの。明るさの中に闇がまして、でも空一杯にはまだ明るさが残り、でも確実に暗くなるというあの時刻、なぜか祈りたくなるの」
「今でもかい」
「そうよ。ほらミレーの祈りの絵にあるのと同じよ。
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一日の労仂が終わりかけ、でもまだやらなければならない仕事が残っている。もう一寸頑張らないと。その一瞬、神様に今日の無事を祈るの」
「ほんとに絵のようだ」
「この時間帯が、一番一日の中で苦手だと云う人も知っているわ。なにをしていゝか分らない時間帯だと云っていたわ。私は云わなかったけど、祈りを捧げる時間なのよ」
「自然に対して手を合わせるのはいゝね」
「自然でなくて、その奥の神さまに対してよ」
「お前の神さんを、自然の中にとりこんで一体にして、手を合わせたらいゝのに」
「それは出来ないわ。神さまはすべての創造主よ」
「わたしは、そんな存在を置かずに、自然そのもの、宇宙そのもの、森羅万象に手を合わせたい時はあるね」
「認めるかどうか、自分の問題として出発点として、自分の内に神をおくことは大事なのよ」
「前に聞いたことがある。お前たちの出発点は、自分の内のその自覚なんだね。神を自分の内に認める者と認めない者、これは同じなのかね、全く違うのかね」
「私には答えられないわ。その判断の出来るものは神さまだけなの」
「単純な話、善人と悪人とともにいて、ともに生かされているとしたら同じだよ」
「いゝ時だけ自分は生かされていると思うのは、駄目よ。悪い時も生かされているの」
「じゃ、やっぱり同じだ」
「人間が判断したり、決定したりしてはいけないことがあるのよ」
「あーそうかい、一寸分らんでもないね。武蔵がね、あの剣豪の武蔵だよ。『神仏は嵩むれど頼まず』と云っているそうだよ」
「頼んだりは駄目、祈りは依頼と違います。神さまを験したりはとんでもないことです」
母「よかった。今わたしは神さんを験すような話をしようと思った処だ」
「駄目よ。お母さん気をつけて」
「やれやれ一寸息苦しくなって来た。やっぱり雨のせいかな」
「私は静かな気持ちになってよ」
「老いては子に従えというけど、こりゃ又どうしたもんか」
「声が小さくよく聞きとれなかったわ。どうしたもんかって、なにか悩みがあるの。私は力はないけど、話だけは聞かせて」
「昔、今と全く同じ気持ちになったことがあるけど、あれはなんだったか」
「昔を想い出しているのね。お母さん一寸寝た方がいゝわ。疲れたでしょう」
「疲れた時は甘いものが一番なんだが」
「………」
   
 

2002

第3期 第24話 完



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