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| 娘 | 「お母さん毎日暑いですね、外では猛烈よ」 | |
| 母 | 老人にはこの暑さはこたえるよ。わたしは寝たきりで、この中の冷房のことは知らないが、外よりははるかにましだろう。この猛烈の暑さの最中でも、外の労仂についている人は大変だ」 | |
| 娘 | 「私は若い時から、へんな同感というのか、ひかれる処があるの」 | イメージ拡大表示471×600(44Kb)![]() |
| 母 | 「お前さんがへんなという時、わたしはそうだろう、そうだろうと変に同感するね」 | |
| 娘 | 「お見透しだわ」 | |
| 母 | 「お前のへんな同感とはなんだ」 | |
| 娘 | 「汗臭い人が好きなの。汗臭さそのものが好きなのと違うのよ。むしろ汗そのものはいやよ。そうでなく要を汗は流す人が好きなの。どんな仕事でも汗を流さない仕事より、汗を流し、汗臭い仕事をする人の方が好きなの。外の仕事ばかりで襟首や腕が赤銅色に輝いている人がいるでしょう。もうどんなに洗ってもとれそうにおもえないような、そういう人を見ると立派だなあと感心してしまうの」 | |
| 母 | 「たしかに変っているよ。そういう人を軽蔑する者だっている。汚い仕事、下積みや裏場の仕事をする人を、因果を含めて低く見る人だっているよ」 | |
| 娘 | 「そんな人は論外よ。云わして置けばいゝの。ゴッホやミレーの貧しい労仂者の姿には心底ひかれます。慎しみと美しさがあふれていてよ」 | |
| 母 | 「そう云えばお前も若い時、農家の手伝いをしたり、市場で仂いたりしていたね」 | |
| 娘 | 「私はひかれるだけで実際には役にはたたない存在なのよ。でもそういう労仂をする人の為なら、いろいろして上げたいわ」 | |
| 母 | 「お前さんの処は焼き物作りの仕事だ。才能をもって物を作り出すという、いゝ仕事だ」 | |
| 娘 | 「私はそう思ってないわ。もっと下積や裏場の仕事をしてくれる方が嬉しいわ」 | |
| 母 | 「ないものねだりをしてどうする。お前と結婚して、京都に来てそれから焼き物を始めたんだ。むしろ遅い出発だ。大へんな苦労があったと思うよ」 | |
| 娘 | 「苦労はそんなに嫌いではなくてよ。ものを作り出さなくても、この世になんの形も残さなくてもいゝの。人の下積や裏場で生きたという事実だけで満足だわ」 | |
| 母 | 「お前は少数派だ」 | |
| 娘 | 「立派な人にはひかれます。それは精神性においてで、富者とか、豪華とか権威とか高歴、高職いっさいひかれません」 | |
| 母 | 「やっぱりお前には貧乏神さんがついているね」 | |
| 娘 | 「え、なにがついていると云ったの。これは私の信念とかそういうのとは違うのよ。たんに性癖だと思うの。だから人に自慢することじゃありません」 | |
| 母 | 「お前が部屋に入ってくる時、瞬間粗末な身なりの人が入って来たなと思う、化粧ひとつしないで、何時もなにか荷物をもって、そうしたらお前さんだ」 | |
| 娘 | 「お化粧はしても駄目なのよ。おしゃれの感覚が全くないの。やればやる程見られたものじゃないの」 | |
| 母 | 「若い時から、女は口紅位はさしなと、さんざん云ってもお前はきかなかった。お前のつれも可哀相だ」 | |
| 娘 | 「なにが、そんなことなくってよ。あの人も似たようなもんよ。仕事場に行くでしょう。 遠くで見て、汚い身なりの人がいる。乞食みたいと思うと、あの人だったりするわ。きちんと出来る人だと思うけど、自分からはしないわ」 | |
| 母 | 「似た者同志か、まあいゝか」 | |
| 娘 | 「自分では意識はしてなくとも、なにか奥の奥の方での、長い長い年月をかけての反動があるのかも知れないとは思います。富者より貧者の方にひかれるわ。権力者より弱者の方にひかれます。力によるおしつけには心底、憤りを感じます。戦いの勝者より敗者に目がゆくわ」 | |
| 母 | 「お前の云う力は、なにかをしたい為の力ではなく、なにかに対して抵抗する力なんだね」 | |
| 娘 | 「私自身は力がないからそうなるのよ。威張れたものじゃなくてよ」 | |
| 母 | 「そう云えば若い時から、お前の自慢話は聞いたことがない」 | |
| 娘 | 「自慢出来る話などひとつもないわ。 私は賢二の『オッペルと象』の話が大好きなの。云われた通りに小象がオッペルに仂らかされて、『疲れたなサンタマリヤ』と祈る処、身ぶるいする程よ。最後は疲れきって仲間を呼ぶわ。ひとたまりもなくオッペルは踏みつぶされる。あれは力の征服とは思えないの。初めから力の差は歴然なの。象はその力を誇示することなく…子象とは云え力はある筈よ。その子象も力を誇示せず、云われるまゝに仂き続けただけよ。本当はオッペルが事実としてその力の差を、初めから知ってないといけなかったのよ。力を行使する者が力があるのではなく、行使しない者にこそ力があることを知らないといけないの。 あれ、お母さん、寝てしまったの」 |
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| 母 | 「いやいや、お前の話が子守唄のように聞えてね。気持よくゆさぶられているようで、ウトウトして来た」 | |
| 娘 | 「お母さんは実力者よ。私達姉妹三人束になってもかなわないわ」 | |
| 母 | 「またまた冗談を。わたしは粗末なものをまるで宝物を頬ばるように、おいしそうに食べる人が好きと云っているだろう。そういえば、今日は和菓子を持って来なかったのかい」 | |
| 娘 | 「持って来ているわ」 | |
| 母 | 「なんでそれを先に云わないんだ。大事なことじゃないか。早くお出しよ」 | |
| 娘 | 「………」 | |
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2002 第3期 第20話 完 |
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