第 3 期 第 19 話

今思えば、あるかなしかの うつゝの話
母と娘の対話 其の十九



「来たね。きょうはわたしから聞いてやろうと待っていたよ」
「こわいわ、なんの話」 イメージ拡大表示423×600(35Kb)
「お前の苦手な話だ」
「苦手は一杯あってよ。自分でも駄目と思う程よ」
「そうでもないだろう。お前にはお前の良さがある。他人にはない優れた面があるよ」
   
「自分では分からなくてよ。別に劣等感を持つということではなく、他人がみな立派に見えるのよ。例えば買物にゆくでしょう。他人が籠一杯に山になって落ちそうな程、食料品を買っている姿を見ると、もう圧倒されてしまうの。先づあんなに買えるだけの経済力に。そしてあれを使いこなしてゆくだけの実行力に、感心してしまうの。私はね、内の人が一緒に買物するのを嫌っている位なのよ。籠の中にほんの数品しかいれないの、でレジを通る時一寸、恥かしいのですって」
「飛んで火に入る夏の虫だね。お前さんにきょう聞きたいのは、その経済の話だよ」
「それは駄目、勘弁して」
「別に責めようと云うのじゃないよ。お前さん独特の話を聞きたいだけさ」
「よくお金に縁があるとか、ないとか云うでしょう。私は縁がないの。話すこともないわ」
「あるなしの問題じゃないよ。よくお金を追いかけるとか、お金はついてくるとか、いろいろ説く人がいるけど、好きな話じゃないよ。わたしは保険のセールスが長かっただろう、いろいろな人の経済を見て来ている。お金だけで解決して又解決出来るとおもってる人はいるもんだ。お金の使い道が違うね。立派な家に住み、派手に生きている。誇らしげにね。その根の処を知りたいよ。見かけではなく」
「人さまは人さまで、私はいゝの。私だって世間でよく云う貧乏は遠慮したいわ。でもね、私にはついているのよ、そう思わざるを得ないの。貧乏神さまがね。私達には私達の生き方と都合があって、この次の行き先は決まっているけど、一寸都合が悪いのでもう少し、もう少しいさせてほしいと云われているようなの。家の中でお金の話がほとんどないのが気に入っているらしいの」
「馬鹿だね。追い出せばいゝじゃないか」
「それが頼まれると弱いわ。こゝはいごこちがいゝと云うの。なんかほっとしていられると云うの」
「益々呆れるね」
「別に、特別にいやではないの。なんと云っても貧乏がつくだけで、神さまよ。品があってとても静かなの。そばにいて安心出来る神さまよ」
「あーあ溜息が出る」
「時々話しかけて下さるのよ。とても静かな語り口で、理性がほとばしるというのかしら、目はギラギラなんかしてなくてよ。澄んだ目でね、淡々と話すの。『私もお金には縁のない神で、お金で解決出来るいささかの力も持ってはいない』と云われるの。お金で解決しようという人の処には自分は行くことは出来ない、行ってもいごこちは悪く、すぐ戻ってくる。自分は自分と同じように、お金には縁がなく、お金による解決でなく生きようとしている人の家にいたいと云うの」
「お前、本当に貧乏神と話をしてるのかい」
「話していますよ。神さまよ。云われることは納得出来ることばかりよ。心底から清貧の神さまと思うわ」
「そう云えばお前には、お金にギラギラした処は微塵もないね。よく見れば貧乏神さんのようにも見えて来る」
「冗談は駄目よ。神さまに失礼よ。ほら神さまとは、結婚して以来の長い長いつきあいでしょう。一番よく私のことを理解していると思うわ。明日のことを思い患うことなかれ、一日の苦労は一日にて足れりと教えて下さったのも神さまよ。ほかにこんなやすらぎの言葉を云える神さまはなくてよ。野の草花を見なさいとも云われてよ。本当にそう思えるわ。私も野に咲く一輪のようにそっとして美しく生きたいわ」
「わたしが聞きたいと云った経済とはまるで違うが、聞いたわたしが馬鹿だった」
「声が小さく、よくきゝとれないの。なんと云ったの」
「お前さんはいゝ子だと云ったのだ」
「なにがいゝ子よ。出来が悪いのは三人姉妹で私よ」
「トンデモございません」
「………」
   
 

2002

第3期 第19話 完



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