第 3 期 第 12 話

今思えば、あるかなしかの うつゝの話
母と娘の対話 其の十二



「ねぇ、お母さん、この頃いろいろな人に聞いていることがあるの」
「質問攻撃かい」
「教えてね。人は老いてゆく時、必ず岐路のようなものにぶつかると思うの。お母さんのように九十を越えても一○○を
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  越えても頭のはっきりしている人と、もうとうにといういう人がいるわね。一体なにが原因でどこで分れてしまうの」
「わたしは寝たきりだ。わたしには分らない」
「専門の人、医師の人は、だいたいその人が、自分が頼られているかどうかの意識が岐れ道と云うの」
「ほう、そうかい」
「自他ともにということよ。人に頼られ、自分もまた自分自身を頼る、頼らねばならない人ということ」
「そりゃ、そうかも知れないね。子供から離れる、仕事を終える、そこまで行ったらどんな状態になろうと、自然の姿と思っているよ。ボケこれ又自然の姿だ」
「そう割切っていゝのかしら」
「今は介護が盛んだ。いたれり盡くせりの感もある」
「昔とくらべたら全く違うと思うわ」
「そうだよ。わたしも歳をとっても独り暮しだったから、どんな状態になろうと、自分のことは自分でと思っていたね。家の中をあっちこっち這いつくばってみたいと思っていた」
「それは駄目、してほしくないし、させたくないわ」
「岐路はその辺りにあるのと違うかい」
「介護のあり方」
「介護というのが気に入らない。独りにさせたら危ないという。危ないのは当たり前なのだが」
「私は近所の人、廻りの人のことを考えたわ。火事でも出したらどうするの、ガス爆発させたらどうするの」
「お前さんはわたしの囲りから、危ないと思えるものをどんどん片付けて行った」
「辛いわ、そう思っていたのは辛いわ。でも最善の策よ」
「どんな死に方でも構わない。どこで死んでもいゝんだよ。老人は唯、死に向っているだけなんだ」
「いゝ場所でのいゝ死に方はあるでしょう」
「それはたいしたことではない。若い時は人の為に人の下敷になるような死に方で死にたいと思ったことはあるけど」
「動物とは違うのは致し方のないことよ」
「わたしは仂き虫だった。唯々仂いていた。最后までそうして居たかった」
「ごめんなさいね」
「いや誰も責めてはいないよ。気にせんでおくれ。唯動物らしい死に方はしたいと思った。家の中を這いつくばって、なんでもする。家の中は戦場だ。人から見たら見られたものじゃない、それでいゝと思っていたよ」
「それが駄目なのよ」
「お前さんの気持ちは分るよ。けど老人はみな気持ちを押さえつけられていると思わないかい。勝手に好きなようにさせておくれ、と叫び声が聞こえるようだ」
「お母さんやめて、あー溜息がでるわ」
「きょうは溜息で終りそうだね」
「………」
 
 

2002

第3期 第12話 完



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