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| 娘 | 「お母さん、気分はどうですか」 | |
| 母 | 「きょうはまあまあだね。きのうはなんとなく、気分が不安定でね、あれこれおもって しまった」 | |
| 娘 | 「え、お母さんのような人でも、その歳であれこれおもうことがあるの」 | |
| 母 | 「お前、そんな片寄った考えはよくないよ。そう云われると、わたしだって普通の人間 ですとか、女ですからとか云いたくなる」 | |
| 娘 | 「いやそうでなくて、お母さんはもう、なんの迷いのない人間かとおもっているから」 | |
| 母 | 「わたしはもう九十を越えている。今さら迷ってもどうしょうもない、遅すぎるよ。迷いということでなく、小さなことは感情をともない、いろいろ気になることはある」 | |
| 娘 | 「そうなの。泰然自若ではないのね」 | |
| 母 | 「当り前だ。その必要もわたしにはない」 | |
| 娘 | 「本当に女ですものね」 | |
| 母 | 「お前こそ女を意識しているね。女はつらいかい」 | |
| 娘 | 「いや、そのセリフは男の人のものよ」 | |
| 母 | 「そうかい、割り切っているみたいだね」 | |
| 娘 | 「その方がいゝのよ。私は云ってあげるの、男はつらいものよ、だから頑張ってね」 | |
| 母 | 「ほう、そうすると」 | |
| 娘 | 「分っている。任せておけよ、て云うわ」 | |
| 母 | 「うまいね。実にうまい操縦力だ」 | |
| 娘 | 「そうかしら。私はそう意識して云うのではなく、心底そう思ってよ。私達が居ます、安心して頑張って下さい」 | |
| 母 | 「あんたの処はおかしな夫婦とも見えるが、お互いにそういう絆は強いんだね」 | |
| 娘 | 「基本的には、私は私、あの人はあの人、子供は子供よ。でも、自分の陰には必ず家族があることは忘れてはいないわ。家族の者を、悲しいおもいにさせては駄目だわ」 | |
| 母 | 「そうだね。お互い暗黙の強い絆は、心配をかけないということだものね」 | |
| 娘 | 「そうそう今の話ね。それが面白いのよ」 | |
| 母 | 「なんだい急に顔が嬉しそうになって」 | |
| 娘 | 「これは統計か、偶然か、なんの因果か知らなくてよ。子供が何人も居ても、親の最后の面倒をみる人、親の晩年と縁の深い人、その人達は、小さい時から、又若い時、一番親に心配ばかりかけた人なんですって」 | |
| 母 | 「考えたことないけど、そうかい」 | |
| 娘 | 「そうなのよ。若い時からしっかりしていて、この人がいれば親の晩年は大丈夫という兄弟でも駄目なんですって。外の兄弟から、親に心配ばかりかけて、これでは親が可哀想だと云われるような人が、晩年、親と縁があって、親の面倒をみるんですって」 | |
| 母 | 「なる程、それでお前がよく来るんだね」 | |
| 娘 | 「なんのこと」 | |
| 母 | 「そうかい。それは統計学なのかい」 | |
| 娘 | 「私は教わったのよ。統計は結果よ。その前にやはり神様のおぼし召しかしら」 | |
| 母 | 「お前の学説は耳にタコだからもういゝよ」 | |
| 娘 | 「お母さんは保険のセールス一筋だったでしょう。四十年以上になるかしら」 | |
| 母 | 「お前たちをひきつれて、敗戦後、朝鮮から引き揚げて来てその職業しかなかったね。いゝ職業を選んだものだと思っている。朝一度だけ会社に顔を出し、そのあと又家に戻っていろいろな家事をすませ、お前を背負って仕事にも出かけられたし、実に都合がよかった」 | |
| 娘 | 「その頃の話を聞くと胸がつまるわ。お母さんの大変さが、ひしひしと胸にきてよ」 | |
| 母 | 「そんなおゝげさな。実に都合のいゝ職業だったと云っただろう」 | |
| 娘 | 「そんなことよりか、でしょう」 | |
| 母 | 「お前も気がついているんだ。面白いね」 | |
| 娘 | 「面白くなどありません」 | |
| 母 | 「お前の若い時は、わたしもほとほと困った。どうして上げたら一番いゝのか、皆目分らず、お手上げだった。まともな仕事にはつかない、旅には出る。なにかに苦しんでいる、悩んでいるということだけは分るんだが、具体的には雲をつかむようだった。お父さんが居てくれたらと、やはり最後にはそこに辿り着いてね。それが又、お前の悩みにも加担したんだろう」 | |
| 娘 | 「きょうだい全員が、いゝ子というのは無理よ。中には変な子もいてよ」 | |
| 母 | 「そうかい、たったの三人だよ。お前の方の人の兄弟は七人だろう。みないゝ人に育って感心しているんだ」 | |
| 娘 | 「いや、あの人だけが七人の中で特別変って、親に心配かけたようよ」 | |
| 母 | 「そうだろう。似た者同志が寄りそうもんだ。あんたの処は似た者同志だ。よう変っている」 | |
| 娘 | 「そんなことなくてよ。性質はまるで反対よ。あの人がやろうとすることは全部、反対したくなるようなことばかりよ。とても協力はできないわ」 | |
| 母 | 「でも、一人でどんどんやっているんだろう。お前さんは口を出さないらしいね」 | |
| 娘 | 「出さない訳なくてよ。でも一緒になって協力してということではないので、好きなようにしている筈と思ってよ」 | |
| 母 | 「そういう処は微妙で、やはり身内じゃないと分らないね」 | |
| 娘 | 「親しき中にも穴埋めはあるのよ」 | |
| 母 | 「なんだいそりゃ」 | |
| 娘 | 「相手に対して悪いなあと思うでしょう。そうするといつか必ず、その穴埋めはさせて貰いますということよ」 | |
| 母 | 「穴埋めかい。わたしは又、お前のやりたいことは火葬ではなく穴埋めかと思ったよ」 | |
| 娘 | 「お母さん、言葉は慎んで」 | |
| 母 | 「そうかい、お前は今、わたしに対して慎んで過去の穴埋めをしてるんかい」 | |
| 娘 | 「そんな意識はなくてよ。神様のおぼし召しと思ってよ」 | |
| 母 | 「おぼし召しか。いやわたしも、ありがたやと云わないといけないんだ」 | |
| 娘 | 「無理は駄目よ。自然が一番いゝの」 | |
| 母 | 「きょうは一体なんの日だった。仏滅ではなく、お前さんの説教の日だった」 | |
| 娘 | 「………」 | |
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2002 第3期 11話 完 |
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