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| 娘 | 「お母さん、おいしい和菓子があるのよ。お茶をどうですか」 | |
| 母 | 「和菓子と聞いたら寝てはいられない」 | |
| 娘 | 「そうだと思ったわ」 | |
| 母 | 「和菓子と日本茶、これが一番だね。なんと云っても両方とも腸に沁みわたるんだよ」 | |
| 娘 | 「乱暴な云い方ね」 | |
| 母 | 「おいしいものはしょうがない。わたしは、コーヒーは駄目だ。日本人は何故、あんな外国のものをよろこぶかね」 | |
| 娘 | 「日本茶も中国から入って来たものよ」 | |
| 母 | 「それはお前、理屈だ。歴史の長さが違うよ。時々よそで煎茶を一服いただくことがあったよ。まあ、ゆっくりして下さいと云われて、亭主みずからがゆっくりと出してくれる。そのさゝやかな一服が、どんなにさわやかでまろやかで、体中に響いたことか。なにが忘れられないと云えば、煎茶にしろ抹茶にしろ、亭主みずからの一服は忘れられないね。不思議なもんだ。とうに喉もとはすぎているのに、想い出すと、香りに始まり口中にさわやかさ、喉元のまろやかな体中に響く旋律といゝ、ほんとにたいしたものだ。一級品だね」 | |
| 娘 | 「お母さんは猫舌だから、ほの暖かい煎茶や抹茶がいゝのよ。私はコーヒーも好きよ。一日一回は必ず飲みたいわ。温いあついコーヒーを一口、口にふくんだだけで、香りとともに体中がふるえ、頭がすっきりするわ」 | |
| 母 | 「人それぞれであることは分かるけど、日本人には日本人の体に合ったものが、長い歴史の中であるのと違うかい。コーヒーはね、どうも」 | |
| 娘 | 「まあまあ本当に人それぞれよ。ねえお母さん、教わったばかりの知識なんだけど、コーヒーの話聞いて下さる」 | |
| 母 | 「和菓子と緑茶があれば、聞く耳ちゃんと仂かすから安心しておしゃべり」 | |
| 娘 | 「コーヒーはね、エチオピアで始まったの。ごく内々で飲み楽しんでいたのよ。そのコーヒーをヨーロッパの修道士の人達が、ねむけさましに良いということで、飲み始めた。ヨーロッパにも持ち帰ったの。そしてヨーロッパの植民地の世界中に栽培が始まり広まったのよ。エチオピアでは日本の茶道と同じようなもてなしがあって、少数の人を招いてその人達の目の前で、コーヒーを煎りそして召し上がって貰うの。その時の器が日本の煎茶を飲むときの器とよく似ていて、その碗を両手でかゝえるようにして頂くのよ。私はこの手のない碗を、両手でかゝえこむようにして飲むという処の発見が嬉しかったの」 | |
| 母 | 「モグモグモグモグ」 | |
| 娘 | 「コーヒー碗は手のついたものと決まっていて、手のない碗では違和感があって、普通日本の人は飲まないと思うわ。何故コーヒー碗は手がついているのか、エチオピアの人が手のない碗で頂いているのに、何故だろうと考えたのね。ヨーロッパの人は器に口を直につけてすゝるように飲むということは、歴史的な習慣として出来なかったのね。卑しい作法なのよ。でもスプーンでは飲めないわよね。だから特別の器ですということで、手をつけたの。手のついた器でならコーヒーは、口をつけて飲んでいゝですという暗黙の了解と、市民権を得たのだと思うの」 | |
| 母 | 「なんだいお前の意見かい」 | |
| 娘 | 「あら聞いてたの、聞いてなくてもよかったのよ」 | |
| 母 | 「そりゃまた薄情な」 | |
| 娘 | 「ほら、初めて話すことだから予行演習のつもりなの」 | |
| 母 | 「お前もなかなかものになって来たね」 | |
| 娘 | 「そんなことじゃなくてよ。時々いろんなことに卆直な疑問が出てくる時があるのよ。例えば、私達は今ご飯は焼物の碗で頂き、汁には木の椀でいただいてこれが普通よね。ところが時代をさかのぼると、みな木の椀で食べていた時代が長かったのよ。焼物の碗でご飯を頂くようになったのは江戸も終りの頃で、唐津や伊万里や瀬戸の焼物が、広く普及してからよ。私は今はご飯は焼物を使い、とても木の椀では違和感が生じて駄目なの。でも木の椀でなんの違和感もないという人がいるの。私が気になるのはこの当りのことなの。私はコーヒーが好きになってからでも、手のない碗を両手でかゝえるように飲んでて、なんの違和感も持たなかったの。でも手のないコーヒー碗なんてと思う人の方が多いでしょう。こういう違和感のあるなしという分れ目はなにゝ由来するかということが今の私の課題なのよ。お母さん、日本茶を手のついた碗ですえて。でもそんなの平気だよ、なんの抵抗もないよと云う人もいるのよ。お母さんこれなにかの法則とちがって」 | |
| 母 | 「洋の東西の作法の違いが、長い間に混じり合ってしまったのだね」 | |
| 娘 | 「習慣は当然あると思うわ。たゞ作られたものゝ本来の正しい使い方も、忘れてはいけないとおもうの」 | |
| 母 | 「そりゃそうだね。お前の方が古式なのには感心するね」 | |
| 娘 | 「そんなことなくってよ。唯、碗というのは両手でかゝえる姿が美しいと思うの。いただきますという気持ちに、一番即していると思われるのよ。汁でもスープでも、碗で両手でかゝえるようにして飲みたいわ」 | |
| 母 | 「コーヒーカップの手を、小指をたてゝ飲むのはお前には似合わないね」 | |
| 娘 | 「今の時代は、箸だけ一本、碗一碗という訳にはゆかないのよ」 | |
| 母 | 「そうだね。鉄鉢一つという生活もいゝのにね。出来たらね。そういえば良寛さんの鉄鉢は、小さくて可愛いかったね。あーこんなの使っていたのかと、おもうだけで嬉しかったね。これは何故だろう。これも法則かい」 | |
| 娘 | 「鉄鉢の法則なんていうのがあるの」 | |
| 母 | 「考えたこともないね」 | |
| 娘 | 「………」 | |
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2002 第3期 8話 完 |
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