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| 娘 | 「お母さん、今迄にこの人とはどうしても、どう努力しても合わないと云うことはありました」 | |
| 母 | 「お前、またいきなりの攻撃だね」 | |
| 娘 | 「聞いておきたいの。反省にもなるし、慰めにもなるし」 | |
| 母 | 「どちらを期待しているんだ」 | |
| 娘 | 「意地悪いのね」 | |
| 母 | 「これは避けられないことでもあるんだよ。仏陀もそれは認めているらしいよ。苦しみの一つに数えている」 | |
| 娘 | 「そうなんですってね。私も教えて貰いました。だからと云って大ぴらには是認出来ないわ」 | |
| 母 | 「そうだね。こちらが合わなければ、向こうも合わず、いやな目をしている筈だ。お互いさまだよ」 | |
| 娘 | 「そう思った方が気が楽よね」 | |
| 母 | 「みなに吹聴してはいけない気がするね」 | |
| 娘 | 「私もそう思うわ。云われた人の気持ちになったら、あまりいゝ気はしないわよ。気の強い人ならともかくね」 | |
| 母 | 「これは避けようのない深い処からの相違、ずれ、違和感という気がする」 | |
| 娘 | 「私もそれは考えます。意見の違いとか、好みの違いとか、行動の違いとかの以前の自分でもよく説明出来ない状態があると思うの」 | |
| 母 | 「具体的にはお前も経験したんだね」 | |
| 娘 | 「えゝ、言葉のトーン、波長そんな違いから来る違和感なの」 | |
| 母 | 「それはあるんだよ」 | |
| 娘 | 「お母さんとか姉たちとか、小さい時からずーと一緒でしょう。お母さんの話す言葉のトーン、波長というのは、耳になんの抵抗もない、不思議な程なの。内容に怒る時も悲しく思う時もあってよ。だけど聞き流せるというのか、抵抗感が生じないのか、けど、義理のお母さんであれ、上司の人であれ、仲間の人であれ、いくらいゝこと本当のことを話されても、どうしても耳が受けつけてくれない時があるのよ。そのことをお母さんに聞いてほしいの」 | |
| 母 | 「わたしも長いこと生きた。十分経験しているよ。わたしゃ学者じゃないから自分勝手に納得してるだけだけど。それはよく映像で見る、何万という野鳥の大群が生息している孤島というか、海に突き出た岩肌の島があるよね。まさに雑踏の中で産卵と育雛、餌をとって来た親鳥が間違いなく、自分の雛を見つけるその秘密は、ヒナの鳴き声だというんだよ。親鳥がちゃんとそれを聞きわけて、自分のヒナに餌をやっている。間違うことはないらしい。それだけはっきり個体識別が出来るということは、生存に直結する大事なことなんだよ。目でも個体識別は出来ると思うよ。顔はよく見ればみな違うからね。でも正面からちゃんと見ないと分らない。何万もの内の一匹を目で見つけだすのは大変だ。耳なら飛んでいる時にすでに識別は可能だ。顔を見ずとも可能だ」 | |
| 娘 | 「そういうことになっているのね。親にとってはどんな鳴き声であろうと、ヒナの鳴き声は絶対に必要だし、ヒナにとっても親のどんな鳴き声であろうと。絶対の存在ですものね」 | |
| 母 | 「違和感とか云ってられないよ。其の他多数の存在にとっては、時に耳ざわりだし、感にさわる鳴き声もある筈だ」 | |
| 娘 | 「そういうことなのね。人間は鳥とは違う進化したとは云え、どこかにそれは残されているのね」 | |
| 母 | 「そう思うよ。わたしはよく感づくことなんだが、人は耳どうしで喧嘩しているよ」 | |
| 娘 | 「耳どうしが喧嘩するってどういうこと」 | |
| 母 | 「あんたがあー云った、こう云った。わたしははっきり聞きました、と目くじらならぬ耳をたてる。相手もそうなったら黙ってはいない、あることないこと人に云いふらしているのはけしからん、わたしはちゃんと聞いて知っているんだとなる。耳どうしの喧嘩が見事始まるよ」 | |
| 娘 | 「そう云われたらその通りよ。誰々さんがあなたのことこう云っててよと聞いただけで、気がおかしくなってよ」 | |
| 母 | 「そうだろう、人は耳には弱いものだ。だから六十歳もすぎれば、耳順、そろそろどうですかということになるんだ」 | |
| 娘 | 「あー耳が痛いわ」 | |
| 母 | 「家に帰ったら辞典で、耳の項を引いてごらん。耳にはことかゝないよ。いくらでも耳の痛い言葉が出てくる。面白い程だ。みんながみんなそれだけ耳苦しいことを云ってるんだ」 | |
| 娘 | 「辞典を引いてみるわ。ちょっと話がそれたようだけど、それだけ人間は耳には弱いということ、敏感だと云うことね。人間の成り立ちとして、耳の存在を改めて考え、すなおになりたいわ」 | |
| 母 | 「おなかの中にいる時から母親の音の響きをじかにきいて育ってゆくのだからね。言葉の内容ではなく、言葉の響きはお互いに合う合わないはあると思うよ。わたしはヒステリックな響きは苦手だね。誰でも苦手と思ってたら、そうでもないんだね。不思議なもんだ」 | |
| 娘 | 「お母さん一服しましょう、一寸疲れたわ」 | |
| 母 | 「お前の小さい時の、おかあちゃん、おかあちゃんという声はとても可愛かったよ。小さな声でおかあちゃん、おかあちゃんって云うんだ。それが今ではどうだ」 | |
| 娘 | 「そんなことなくってよ。お母さんを呼ぶ時の気持ちは同じよ」 | |
| 母 | 「そうかね。お前の二人の姉にも、お前は心から慕って側から離れなかった。それが今では二人のお姉ちゃんよりお前の方が威張っているんだって」 | |
| 娘 | 「そんなことはなくてよ。二人の姉は優しいから、私に云いたいことを云わせているだけよ」 | |
| 母 | 「二人とも頭がいゝからね。それにくらべ…」 | |
| 娘 | 「なにか云いたいの。云って頂戴。耳を疑うのはいやよ」 | |
| 母 | 「耳の中が今、ごそごそ動いたようだ。お前一寸耳糞をとっておくれな。長いこと掃除してないんだ」 | |
| 娘 | 「耳糞は品がないわ。耳垢と云って」 | |
| 母 | 「ごそっと動いたようなので、垢ではないとおもうが」 | |
| 娘 | 娘「………」 | |
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2002 第3期 7話 完 |
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