第 3 期 第 4 話

今思えば、あるかなしかの うつゝの話
母と娘の対話 其の四



「お母さん、御機嫌はいかが」
「まあまあこんなものだろう」
「お母さんに会いに来て、いろいろ話をする度、家へ帰ってから本当に、あれこれおもってよ」 イメージ拡大表示499×700(36Kb)
「お前に今機嫌を問われたが、この前来た人が一言云ってたね。『死ぬることのみ機嫌をはゞからず』と徒然草にあるんだとさ」
「『死ぬることのみ機嫌をはゞからず』…なんだか、いゝような悪いような、救われるような、救いのないような気にさせられるわ」
「お前もそう思うかい」
「だってそういうことでしょう。それとも人によって受けとめ方は様々なのかしら」
「お前もいずれ死に直面する」
「それは避けられない事実ですものね」
「お前さんの云う神さんは、本当にすばらしいものを、最后にもって来ているね。感心するよ。生きて生きて最后に死だよ」
「なにか云いたそうね」
「いや、文句じゃないよ。以前に旅先の宿の主人が、自分は今如何に死ぬかということばかり考えている、と云っていた。わたしはその人にあまりむきになって考えないで下さいと、云ったがね」
「そう考えざるを得ないのでしょうね」
「生まれて来る時は、知らず、選べず、時満ちておし出されるんだよ。死はそうはいかない」
「でも動物は、自分の死を確実に分っていると聞いたわ」
「なんの動物に聞いたんだ」
「お母さんたら」
「そうらしいね。人間はいまだ動物なのに、その動物の中で唯一、自分の死期を分らない存在らしいね」
「猫でさえ分っているのにね」
「脳の出来が違うと、困ったこともいろいろ出てくるんだね。動物でも中には、今死にたくないと叫ぶのがいるのだろうか」
「まあ、分らないわ。ねえお母さん、他の人だったら絶対駄目だと思うけど、お母さんとならどうしてこんなに、死のことを平然と話せるのか、いつも不思議な気がするの」
「わたしも平気だね。お前となら。変なもんだ」
「お母さんのおなかの中で、一緒に生きていた時があるんですものね」
「そりゃそうだね。そんなこともおもうと摩訶不思議だね」
「死を苦ととらない時は来るのかしら」
「人間の歴史の中でかい。全体のことゝしてかい。そうであってほしいね。いくら定めとはいえ、苦しんで死んでゆく人を見る程、悲しいことはないからね」
「私達のお父さんはどうだったの」
「お父さんかい。当時朝鮮にいてね、日本人町の消防団の団長をしていた。訓練で雨にうたれ、急性肺炎で、あっと云う間だったよ。死に際お前達のことばかり気にしてね」
「其の時の私は、お母さんのお腹にいたのですものね。死にきれない思いだったと思うわ。其の時のお父さんを思うと、もうやり切れなくなってよ。私の体の中には、お父さんのおもいが、なんらかの形になって、生きているとおもうの」
「そうかい。そうだろうね。はっきり把むことが出来ないけど、なにかのおもいをずーと持ちつゞけているんだ」
「お父さんは、私の体の中で生きています」
「わたしも死んだら、お前の体の中で生き続けるのかね」
「当り前よ。なにか文句でも」
「お前が赤ン坊の時は、わたしの体の中で生き、今度はわたしがお前の体の中で、生きるのかい」
「そういうこと」
「でもこれは女だけのことになるね。男は駄目だね」
「だから女の人は優しく、男の人を体の中に入れて上げればいゝの」
「お前はなかなか出来ているんだね」
「そうだとしたら、お母さんのお陰よ」
「一寸、息がつまるね。空気が汚れて来たみたいだ。窓を開けておくれ」
「いゝ風が入るわ」
「なんの匂いかね。なんの花とも草ともわからないが、あー気持がいゝね」
「私は鼻がいゝのよ」
「そうだよ。女は鼻がよくなくちゃ駄目だ。最大のとり得だ、武器だ。女の目はどうしても弱い。けど鼻はたいしたもんだ。そうかい、お前は鼻がいゝのかい。安心だ安泰だ。 よかった、よかった」
「・・・・・・」
 
 

2002

第3期 4話 完



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