第 2 期 第 4 話
地上のもの、地下(ジゲ)のもの



林の中にもやはり規則を、それも名文化された、朗々と声を出して謳ってみたいようなものがあってもいいのではないかと、一寸涼しくなり始めた夕暮れ時に、雑木林の中の木々を背にして、それぞれが集まった。
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一匹一匹の顔は、良く見れば見る程に、他とはまるで違いそれぞれの個性が漲り、何故こんなにも個を主張しながら、美しくあるのか、これを造り給うた主があるとしたら、どんなにか感性の主であったのかと、呆れるような感嘆を覚えずにはいられなくなる。
元気な老犬が、先ず席を立った。席といってもこれはなかなか立派な根の株で、老犬さんが好んで自分の席にしている処である。
「林には命令するものも、命令されるものも居ない。又そういうことがあってはならないのだが、昨今、一言云ってみたくなるようなものが居るので、今宵はみなさんに集まって貰い、意見を述べて貰いたいと思います」
そうは云っても、すぐ意見百出しないのがこの集まりで、静かなもので、やっと鳴き始めてくれた単調な虫君の音に、聴き入ろうとしている雰囲気がみなにあって、又田を隔てた松林の上に顔を出した月を、唯にんまりと眺めている目がそれぞれにあって、言葉とならない。
若い方の犬君が、致し方なく云い出した。若いと云っても、若々しく見えるだけで、この犬君の辿った足どりは林の住人にとっては大変なもので、その行動力、実現力など他のものには畏敬である。手足の速さ、唯々感服する。その犬君、
「吾々にとって、一番苦手な規律をつくろうとするのですから、本当は所詮無理な話なのですから。各自が持って帰って考えて戴き、後日、又集まるということにしたらどうだろう」
老犬さん「そんなことだから、いつまでたっても駄目なんだよ。決めるときは一気に決める。やる時はみなで一気にやる」
又静かになり、虫君の音が聴こえ始める。誰かのおもいがふっとその場に靄のように浮かび上がる。人間というものはいろいろ居るみたいで、日本人は虫君の音を感性を司どる右脳すなわち右耳で聞き、西洋人はものを考える左脳すなわち左耳で聞くらしい。なんでだろう。虫君の音こそ、ぼんやりと聴き、訳の分からないおもいに浸ってゆけばいいのに。そのぼんやりを破るように、太めの山羊さんがこわい顔をして、こわばった声を出して云った。
「まだここに来ていないものが居るんじゃないですか。全員が集まった処で決めないと駄目だと思います。誰か呼びにやったらどうですか」
またしんとした。誰ともなく又一つの想念が漂った。雑木林と云うのはどうして、こんなにも静かなのだろう。それでいて四季折々の息吹があって、今はまだ青いが、その内に色づき始め、月の夜一陣の風が吹けば、葉裏をなびかせて田圃を囲むように白く光り走る。冬ともなれば、ああ、冬枯れの雑木林の凛々とした立ち姿よ、暖かく柔らかい木漏れ日の中を、かさこそと落ち葉が動く。そして又春ともなれば・・・と其の時、控え目な美しい声がして、リスさんがしょこんと立った。
「私は体を動かすこと、唯々日中動きまわり、やらなければいけないことが多すぎて、それで精一杯で、規律を考えることなど出来ません。その頭が働きません。どうか頭の出来のいいものにお任せします。勿論決まったら率直に従います」
その控え目な美しい声に、初めてみんなはやっと覚醒した。この中で一番頭のいいものは誰なのか。第一そんなものが居るのか。頭がよければいいというものだろうか。やはり総合的に優れている者がいいのだろう。いや、一つに秀でている方が純粋な気がするがと。みんながみんな隣を見、前を見、離れたところのものを見たが、一番となると難しい。もとより自分が一番などとは到底考えてもいない。しかし一番のものを指名するとなると考えてしまう。其の時律儀なきつねさんが、
「そこの牛君、みんなが知恵をしぼって、考えている最中、一人もぐもぐと口を動かしているのは不謹慎なのと違うかな。みなさんはどう思われますか」
牛君は自分のことが話題に上がっているのはぼんやりと意識にあるのだが、口を動かすのは、ごく自然の生理で、さてこれをどう説明したらいいのだろう。
「ぼくが繰り返し繰り返しモグモグしているのは反芻という胃が四つあることからくる自然の生理なので、唯正直に告白しますと、モグモグしている時は、胃にすべての血液が働いていますので、頭に血が行かずに頭がぼんやりとしています。これが又、実に心地よく無念無想というか、過去もなく未来もなく、唯、今モグモグしている自分があるだけで、あると云うことの真実の恵がゴクリと飲みこむごとに一服の清涼剤となるのです。ですから自ずと」突然横から、働きものの鶏さんが、
「分かった、分かった、私たちも気にしないようにしますので、モグモグやって下さい。唯義理にも、目はあけてみんなの顔ぐらいはみていて下さい」牛君は鷹揚に頷き、すずしげな目をみんなに向けた。
きつね君「大事な時間を、牛君の為に使ったのは勿体なかった」
「君が気にしたのがいけないのだ。多勢の中では、ひとのことはあまり気にしないということも大事なことだと思いますよ」
「鶏さん、言葉を返すようですが、あなたは一日中、結構うるさいですよ。驚いた時もみんな騒ぎすぎですよ。一寸理性が足りないのと違いますか」
「まあまあそこの御二人さん。その位にして。気が合わないのは分かる気がしますが、この林の住人としては大事な御二人なのですから仲よくして下さい」
さてさて話の主題はなにだったのか。そうだ、この中で一番頭のいいのは誰だったのか。いや違う、偉いと云うことではなく、一番賢いのは誰かと云うことだったのか、いや賢いというのもちょっと違うようだ。リスさんは唯、私は駄目なので、頭のいいものに考えて戴きたいと云っただけではなかったか。それを皆が順位としての一番と思ってしまい、要するに、難しく考えすぎているのだ。しかし、一番を皆で決めるのは難しいものだ。
其の時、なにとはなくみんなの視線が隅の方で、頭をかかえじっと蹲っているモグラ君にそそがれた。意地悪い口調で、馬さんが云った。
「そこのモグラ君、モグラ君、君はこの林の住人で誰が一番と思って居ますか」
モグラ君は飛び上がらんばかりに驚いた。自分の名が呼ばれたことに驚き、その上意見をきかれたことに度肝をぬかれた。意見があるからこの集まりに来たのではなく、林の住人ということなので自分も出席しなければいけないような気持ちで、唯穴から出て来ただけなのだ。会が終わり一刻も早く穴に潜りたいだけなのだ。
「賢い馬さんの指名を喜んでいいのか、どうか分かりませんが、声をかけて下さったことに礼を云います。ところで私は地下(じげ)のものです。夜でこそ穴からはいだしてみなさん方の仕事の足跡を拝見しますが、すばやく又、穴に戻ります。ですから地上のことに関して、意見をすることも意見そのものも持ちようがありません。住む世界が違いすぎます。先日もぼんやりと耳にしたのですが、誰やら偉い方が死に際に、もっと光を!と、云ったとのこと、自分はびっくり仰天しました。もっと光をなどおそろしい限りです。地を暖めていてくれてる今の暖かさで十分です。唯こんなことが可能なのかどうか分かりませんが、今ふっとよぎったおもいですが、地上のあなた方がすべて地下のものとなり、地上が太古の誰もいない自然のままの美しい地球にかえり汚れや騒音のない静謐に満ちた地上になった時、地下のことなら先輩として知りつくして居ますのでお教えすることがあるやもしれませんが」と、あとはボソボソと語りはしても、誰にも聞きとることは出来なかった。
馬さんが云った「私はモグラ君に意見を聞いたのは間違いでした。私たちが地下に潜るなど荒唐無稽すぎる話です。地上に私たちがいるからこそ地上は美しいのです。誰も居ない地上の美しさなどあろう筈がありません。滑稽すぎます。私たちの崇高なおもいはすべて天から来るのです。あの方が死に際に、もっと光を!と云ったことは、私達を感動させ、天があるからこそ私達の生活がなり立つことの証です。地下に潜り、地下のものになるなんて!」
モグラ君はおそれいった。後ずさりし、前よりも頭を低く蹲り微動だにしなくなった。気の毒におもったのか、時々夜の闇にまかせて顔も合わせ一言二言話し合うことのあるふくろうさんが云った。
「私は本来、自分本位に出来ている生き物ですが、生き物が皆地下に潜ればという話は分かる気がします。私もみなさんが昼日中の喧噪な働きをやめ、静かな夜に必要限度の働きさえすれば、昼間の地球は破壊されることはなく、美しくあるのです。私は昼間は高い木の上にとまって、じっとしているので客観的にみなさんの行動を見てとれます。みなさん働きすぎです。労働は大事です。しかし働きすぎることの弊害もあるのです。気がつかない内に余裕がなくなります。余裕と云うより、わずかな遊びがなくなります。遊びという言葉を当てはめるのは、これは私達だけの文化から来る言葉ではなく、世界の言語にみられる言葉なのです。フランス語でも、はて、なんと云ったか。英語ならすぐ云えます。みなさんもお気づきかどうか、私達の仲間の山鳩さんにしろ、時鳥やかっこうさんでもみんな云っています。最近、喉が痛くどうも澄んだ声がとおらないと」
「そういえば」と昼間でもあまり、はしゃぎ廻らない猫さんが最近気がついたことを云おうとしたが、言葉を飲んだ。とても云えそうな空気ではない。私は其の場、其の時の空気に弱いのだ。みなと同じ空気になるのことがこれまた、生理的に出来ないのだ。理性でも正義でもなく、生理的に出来ないのだ。いいことなのか、悪いのか分からない。「そういえば」と一言発して黙してしまった。照れをかくそうと、一寸高い岩の上に跳びのりみなさんの話をじっと聞きますとばかりに目を閉じたが、一寸高い処だけに頬をうつ僅かな風も心地よく、虫さんたちの声も聞き分けることが出来、なんでもっと早く、岩に跳び移らなかったのかと、自分の気の弱さが気になった。まあいいか、この心地よさ。
気まずい空気に包まれそうになった時、さすが若い犬君が言葉を発した。
「今宵の主題は、誰が一番偉いのかとか、地下の話ではなかったはずです。現実的に物事をしっかり捉え、なにが我々にとっての真実かを学び、行動に移してゆくことが大事なのです」
今迄黙していた羊さんが初めて声を出した。美しい羊さんだけにみなは、ほっとし、その声に聞き入ろうとした。けれど短い一声だった。
「一人一人の今の自分にとっての大事をおきかせください」
そうかそうか、その大事を聞けば自ずとその中から規律を見つけだせるかも知れない。さすが羊さんは美しいだけではない。それでは身近な自分にとっての大事を、座右の銘でも自制でもいい云ってゆこう。そして一人一人あるものは堂々と、あるものはボソボソとみんなが云い終わったが、その言葉はここに書くことはとても出来ない。書く程のことはなく、控えたいことばかりなのだ。一寸だけ書くと、
「ぼくは体をもう少し鍛えたいので、運動をしなければとおもって居ます」
「私は食べ物が、いかに大事かと云うことが分かったので食事には真剣にとりくみたい」
「近頃、関節の痛みを感じ始めたので、すべてにマイペースをと思わずには居られません」
「ボケが始まったようなので・・・・・・なにが大事かと云われましたら、やはりこのボケが一大事で・・・・・・この一大事は避けることは出来ませんので、やはり生涯の果てに来た大事で、これをなんとか・・・・・・」等々。これ位で勘弁という処です。処がみんなが思った。一人一人が云う大事がなんでこんな身近なことばかりなのかと。感動に打たれ、欣喜雀躍する程の力がないと。しかし顔を見ると、各々誠実でなんの衒いもなくやはり真剣である。あるものが云った。
「牛君、君はこの林に残された最後の大きな生き物だ。モグモグもいいけど、君の大事をきかせてほしい」
牛君はまたもの名指しに、目をあけようとしたが、モグモグの最も心地よい時に来ているので目を深く閉じながら、恐縮して、
「モグモグ、モグモグ、ボクハキョウダイシマイノコトオモイモグモグ、モグモグ、カミノクニノコトオモイモグモグ、モグモグ・・・・・・」
「体は大きいのに云っていることがモグモグではさっぱり分からない」
「モグモグと牛君らしくいいですよ。たとえ分からなくとも牛君は牛君で、他の誰でもなく、分からないものは分からないなりにそこに真実があるやも知れず、いいとしましょう」
みなは頷いた。みなそれぞれなのだ。そらぞれの個の上に存在感があり、それは侵すことは出来ない。だから自分は自分らしく、個を正直に生かす。生かすことによって他となり立つのだ。犬さんは犬さんであり、猫さんではなく、猫さんは猫さんで馬さんとは違う。牛君はなにを云っているのか、なにを考えているのか、よく分からないが、牛君は牛君でいい訳だ。共通の規律はつくろうと努力すれば出来るとおもう。しかし、そこには、無理は必然的に生じる。誰を基準にし誰かを中心にしての考えとなるだろう。それを守るのもそれぞれの個の上に成立するので、判断は益々難しくなるに違いない。他を責めるのではなく、時々こうしてみなで話し合うのはいいことだ。出来るだけ声を大きくして、快活に話すことだ。個を確認し、益々自分は自分らしく生きることだ。
「モグラ君はモグラ君でいいよ。牛君は牛君でしょうがないよ」
けれどモグラ君と牛君の耳には達していないようだ。
「そろそろ涼しくなり始めたので散会にしますか。話し足りないものは残ってもいいし」
それぞれに立ち上がった。若い者は伴れ立って、田圃を渡り、山に入り、さほど高くもないのだがその頂きに立って、眼下にうねり輝く川を見にゆくのだろう。黙々として、時に声高く、若いものは若いものらしく、疲れ切るまでに歩く。今宵の月は涼しげだ。
「牛君、君も一緒に行かないか」
「いやぼくはもう少しここに居るよ。今一番モグモグの楽しいときなんだ。眼前には青い牧草が夢のように広がっている。とても立てないよ」
「まあ、勝手にして下さい。明日の仕事は早いから、それにきついとおもうから、体を冷やしたら駄目だよ」
「いやありがとう、モグモグ」
雑木林の枝々から漏れる月の光が、牛君のダラリとしたよだれに銀色の輝きを見せた。よだれをすいこもうと目をあけた時、広場の隅に今でも頭をかかえて恐縮して居るモグラ君に気付き、びっくりして、
「モグラ君、会は終わったよ」
頭を上げ、まわりを見渡したモグラ君は、みなの居なくなっているのに驚き、
「牛さんありがとう。ぼくの住まいはあなたの牧草地の下なんだ。それは広く、ぼくにとっては広大無辺と云っていい。感謝しています」
「それはぼくに云っても困るよ。君がさっき話したこと、ぼくも考えることがある。この地上には本当に資格のあるものしか住めないとしたら、一体どうなるのだろう。長い長い生命の歴史の最後には、そんな時が来るのだろうかと」
ふたりは立ち上がりモグラ君は地下のものとして穴に、「雑木林の夜は静かだなあ」と牛君は牧草地に各々帰っていった。
「おやすみ、又会おうね」
まさに、月は中天に、みなの居た林の一角の広場を明るく照らしている。もう誰も居ない。静かだ。だがなにかそこからは、ぬくもりと云えるものが立ちこめている。独りではなく独り独りがそれぞれに居たという現実が、ぬくもりを立ちこもらせるのだろうか。生まれたままに、それぞれの姿をもって、それぞれの個をもって、そう生きざるを得ない。たちこもるものは、その影だろうか。


2002

第2期 第4話 完


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