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それはそれは、子狸との出会い程哀れに度肝を抜かれたことはありません。
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ここ丹波の地特有の深い霧がたちこめる頃、あゝこれから日に日に寒さが身に沁み、時に一陣の風とともに、高い木々の枯葉がカサカサと音とともに、陶房の中にも駆けこんでくる時、外に出している鉢の草花を何とか内に入れないといけないと気をもみ、チャボの小屋にも防寒の囲いをしなければとあれやこれやに、冬の訪れを迎える時のことでした。
窯から出した品をサン板にのせて肩にかついで歩き出すと、なにやら黒い物体が足元低くすれちがったような気がしたのです。あれ!とおもい、振り向き品々の肩ごしに見ると猫より少し大き目の生き物が、ヨタヨタと歩いているのです。黒ずんだ茶色もはりがなく、むき出しの生々しさだけがありました。なんの生き物だろうとおもいました。今迄に見たこともない小さな生き物にじっと目をこらしました。それはいゝようもなく生々しく、哀れな子狸でした。小さな頭にわづかな毛があるものゝ、体全体にはほとんど毛はなく、黒ずんだ茶色の肩がむき出しのまゝでした。老人とすれちがったことなど意に感せず、ヨタヨタと家の角を曲がり姿を消しました。
子狸がなんでそんな姿で現れたのか、その日から時々ふいに、子狸と会うことがありました。一瞬、足をとめ、上げた小さな足をそのまゝに頼りなげにこちらを見るのですがまたヨタヨタと歩き出して窯場の物影に消えました。
家の小さな三人の子供も、子狸の出現に目を輝かすのですが、子供達と会っても子狸さんは逃げるでなく近づくでなく、唯々ヨタヨタと地べたをはうように姿を消すだけでした。
丁度そんな折、新聞の記事に、民家に近づきすぎた野生の動物達が、家畜や犬猫の伝染病にかかり、皮膚がおかされひどい皮膚病に落入っていることを知りました。陶房に出現の子狸もまさにその皮膚病におかされているのでした。
何処の山から降りてきたのか、親やきょうだいはどうしているのか、どこで寝ているのか、餌はどうしているのか、分からないだらけでした。ある時はゴミを燃やそうとした時、瓦作りの小さな炉の中に子狸を見つけました。こちらを見ても逃げようとせず、頭をもたげ、頼りなく見上げ、また蹲るのでした。少しは窯のぬくもりがあるのでしょう。胸をつかれました。一体どうしたらいゝのか。死を目前にしているということだけはたしかでした。
どうして人間達との接触が、すべて悲しい結果に終わるだけなのですか。日に日に増える車の往来にまきこまれ。高速道路の建設にあなた達の小道はズタズタに寸断され、山に捨てられた犬達に追われ、荒れてゆく山野に食べ物は乏しく、あゝ、いったいどうして。
それから暫くして、窯焚の準備の折、稲ワラをとりに行った時、積まれた藁の上に子狸はいました。小さく小さく丸まって、硬直した体は軽く冷たくなっていました。しかし、なにやら藁のぬくもりの為か、冷ややかな冷たさはなく、ほんわりとした感触でした。むごい皮膚はそのまゝでした。
あの子狸がどうして藁の上にそれも一メートル程の高さの上によじのぼれたのか。その藁は焼くときに緋襷を出す為に使う藁なのです。釉薬をかけずに、素地の上に藁をのせて、又、作品同し、藁につつんで焼くと、藁の繊維が柔らかく緋色の発色となって、作品の上にそのかげをうつすのです。老人はことのほか緋襷が好きでした。鉄分を少し含んだ土もどんどこと焚く窯の中で白くなる時があり、其の丁度白くなった上に藁の繊維がほのかに緋色に輝く、その美しさはたとえようもありません。藁を置く、藁で包むという人為的な作業ですが、窯の中では人為をこえた作用が働いて、えも言えぬ緋襷になるのです。もちろん心から美しいとおもえる緋襷は、そんなにはありません。老人は長い仕事の中で、そのこともよく知っています。だからこそ、その美しい緋襷の中で緋襷に包まれて、いずれ自分もまたその時が来たときはと思っているのです。
また想い出します。老人は若い時に、やはり志を同じくする若い仲間達に囲まれて村で生活していた時に、丁度今の季節の夕やけに空いっぱい緋色に染まり、周囲の雑木林の梢も建物も兄弟達の顔もすべて緋色に染まっていたことを。
子狸さんもその緋色を知っていたのです。力をふりしぼって窯に来て、最後に藁の上によじのぼり蹲ったのです。
老人はそう思いました。そう思おうとしました。それが哀れな子狸さんへの追慕の限りでした。
いや、もしかしたら子狸さんは、老人が親しく知っていた誰かなのでしょうか。
2001
第2期 第2話 完
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