第 1 期 第 11 話
鶏さんと牛君の対話


「牛君、久しぶりですね。君が居なくなってから随分長くたったような気もするし、ついこの間の出来事のような気もする。ずっと淋しかったよ」
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「いや、ありがとう」
「私達とりと、牛君達と、以前には豚君もいた。昔、牛君の世話をしていた変わった若者は、兎さんと鳩さんを飼っていたね。いっときガチョウ君もいたね。村のみんなに迷惑をかけていたようだけど、村の上を鳩さん達が旋回する姿には、安堵と美しさがあったね」
「その若者のことはよく知っていますよ。牛舎の上のワラ置き場や飼料置場に寝起きしていたからね。その若者が村を出る時、鳩さん達を全部東京迄つれてゆき、夜の闇に放したのだ。闇なら方向性を失うかも知れないと思ったらしい。しかし優秀なのはみな舞い戻って、若者を失った鳩さん達は小屋に入れず、餌もなく畑を荒らすようになって村のみんなに迷惑をかけた。若者は三十年たった今だに悔恨の重い心を引きずって居るようだよ」
「私達は君がうらやましかった」
「急になんですか」
「私達は君がうらやましかった。村の人との毎日の接触は、千羽からげてという触れあいなのに牛君は一人々々の若者と肌と肌との触れあいが出来る。それがうらやましかった」
「いや、あなた達の声は一日中村の中に響き、時にけたたましく、時に緩慢にうっとりと、元気そのものでしたよ」
「そう思っていたのですか。私達には私達の理想と現実があったのに」
「あーそれは。土地そのものが狭く限られていますからね。ぼくは離れて見える畑の緑が恋しくて恋しくて、いけないことは分かっていても脱走してよく暴れました」
「覚えていますよ。月の夜、君が畑を荒らし闊歩する。知らせを聞いた若者が悲しい顔とやるせない顔と、怒りと、まあ、まぜ々々の顔をして君をつかまえにかかる」
「ぼくも若者と同じ気持ちでしたよ。村の人が耕した畑を無情に踏みつぶす。悲しさとやるせなさと、怒りと。本当に同じ気持ちになって若者ととっくみあい、最後にはまた牛舎につながれましたよ」
「君は君の世話をした一人々々をみな覚えているんですか」
「はっきり覚えています。忘れていても想い出せば一人々々鮮明に」
「羨ましい」
「いや、悲しいことや分からないことも一杯ありますよ。こんなことがありますよ。いつものぼくの生理で、モグ々々と反芻をしていました。その時は頭に血がのぼらず、全て胃に集中しますので、なんとも心地よく唯唯、無念無想でモグ々々しているのですが、ふっと気がつくと眼前に若者がいて、ぼくにじーと見入っているんです。よく見るとその若者は涙を流してぼくを見つめているんです。ぼくはどうしたものか分からず、スタンチョンをガチャガチャいわしてあらぬ方に目をそらしました。その若者はほどなくいなくなりました」
「あー、私達は沢山の村の人の出入りを見てきましたね」
「なにが悲しく、分からないかと云えばその出入りですね」
「私達はずっといるのに、ここしか居場所はないのに。どうして出てゆくのですか」
「ぼくに聞かれても・・・・・唯、人間は動くことも移ることも可能なんだということだけは分かります」
「私達は自分の意志では動けませんよね」
「ぼくがこんな言葉を使うのを笑わないで下さい。純粋に思えば、村は単に生活の場ではなく、なにか魂のやすらぎを求めている場ではないかということです」
「終の栖ではないのですか」
「終の栖として入ってくると思います」
「今度、四十五年間も生活していた夫婦の方が出ます」
「厳しいですね。その歳月は終の栖とならず出てゆくのですね」
「みんながここを終の栖とする時は来るのですか」
「それは必ず、いつの日か必ずその時は来ますよ。その為の生活ですからね」
「あーそうですね。その為の生活の場なのですね。この前、ここを久しぶりに訪れた昔若者が、君の廃墟となった牛舎に入ってゆき、長いこと出て来ないので、訝しく思っていたら、君の糞のついた壁に頭をつけて、じっとしていましたよ」
「廃墟か、そう言われても致し方ない。ぼくも悲しいですよ」
「また村に帰ってきて下さいよ。でも今度は広い広い処で、動物達みな一緒というのはどうですか。私は前々から君の大きな体の上に乗って、のんびりと暖かい陽差しを受けてみたいと思っていますよ」
「あなた達とぼくは相性はいいのですか」
「相性は悪いと思いますよ。でも仲よくなれますよ。それがこの村の生活でしょう。君は君、我は我、されど仲よき」
「誰かさんが笑っていますよ。でも本当に快活にみんなで元気でいたいですね」
「またみんなで会いましょうよ。生活をともにするという安堵こそ、幸せそのものですものね。牛君!聞いてますか。またモグモグ始めましたね」
 

2002

第1期 11話 完


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