|
夏の盛りの時、三人の子どもたちが保育所から貰ってきた小さな金魚が、あっという間に斑点病がもとで死にました。それから間もなく、水槽はただポンプの泡だけが動き、赤い姿は見られませんでしたが、またもらってきました。
イメージ拡大表示
800×561(20Kb)
夏のいろいろな行事の出し物として、小さな小さな金魚すくいがあるのでしょう。そのために育てられた金魚たちなのでしょう。ほとんどが真っ赤な和金で、たまに出目などがいますが、何処かに欠陥が見られます。こどもが貰って来た黒の出目も片方の目が異常に大きく、まっすぐ水平には泳げませんでした。今度は死なせてはならないと思いました。処が暫くして体に小さな斑点が現れ始めました。本も調べてみました。金魚や鮒や鯉や、釣ってきたブルーギルや、はやなど長いこといろいろ飼ったことがあるので多少のことは分かるのですが、相手がほんとに小さな子供達ですので薬は使いたくありませんでした。電話帳で調べてある一軒が非常に丁寧に教えてくれました。水槽の大きさに準じて、大匙一杯の塩を入れること、赤チンを二滴落とすこと。この二つでした。塩を入れるということは始めてのことで、知識として海水と淡水と別け、そこに別々の生き物が生息すると考えていますので、金魚に塩とはと不安がありました。しかし指示された通りの塩と赤チンを入れました。暫くして斑点は消えてゆくような気配となり、そして消えました。効果があったのです。薬ではなくごくありふれた塩と赤チンにすべての奥がふくまれていたのです。
自分なりに考えてみました。
太古、生物が誕生したのは海の中です。そしてあるものは陸に上がり、永い永い年月のあと、今に至っているのです。そうか、すべて海から始まっているのですから、海水があらゆる生物のふるさとの胎内である筈なのです。たとえ人間であろうと、はるかふるさとは海にあるのです。受精卵の発育のそれがすべて明らかになるそうです。胎内にいる10ケ月の間に人間に至る生物の進化するドラマを演じるそうです。
魚から脊椎動物へ、哺乳動物へとそして最後に人間らしい個性として生まれてくるのです。胎児を守り育てる羊水も塩が含まれています。塩こそ生命の源なのです。
自分は嬉しくなって焼き物で使う為にとってあるサザエやほかの貝を金魚の水槽に石の代わりとして入れました。赤いチビ達も、日に日に大きくなり倍程に、あるものは三倍程の大きさになりました。ただ、黒の出目だけが、とうとう片方の目があまりに大きくなり、動けなくなりました。何処にいったのか、捜しても捜しても分からない時がありましたが、ある貝の穴にもぐって、じっとしているのでした。呼吸はしています。どうしようもなく、そのままにしておくのがいいとおもいました。
今年は紅葉が長く感じられた秋も終わり、急に寒さを冷たく感じ始めた時、黒の出目も貝の穴の中で全く動きがとまりました。子供が手にとり、てのひらにペタと貼りついた様になった出目を穴に埋めました。今まで何匹も何匹も埋めたローバイの根元に埋めました。
そして、雪の時になりました。
金魚の尾のあたりが黒く色づき始めました。塩のせいかなと思いました。塩で焼けたと思ったのです。また、ふとおもいました。交配を重ねて来た人間の仕業をとき放して鮒の色が出て来たのかと。親切なペットショップの人に聞いてみようとおもいました。死なせずにすませたお礼もまだでしたので。
人間と生き物との接触は難しく感じます。人間は野生の生き物をどんどん追いつめています。その行為がいつのまにか、人間自体を孤立させていることに気がつかないといけないのです。このままですと野生の生き物とは自然の姿としては接触できなくなります。ペットとしてしか接触出来なくなります。追いつめておいて保護する。破壊しておいて復興するという人間の狡さがそこにあります。「地球に優しく」「自然を保護する」という標榜がどんなにか傲慢な現れなのかを知らないといけないのです。人間もこの地球上での生き物の一つということを真底、自覚する。
赤い小さな金魚は、むごいことですが人間が夏の子供達へのプレゼントとして造ったものです。しかしその小さな命が教えてくれているものは実に大きいのです。
2001
第1期 第5話 完
|